第027話 企業秘密のヒミツ

 結局、アウロラからの指名依頼を受けることにした『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』。

 一行は酒場での食事を終え、ギルドの会議室へと再び足を運んでいた。


「それで、ソルダム家の連中と、闇ギルドの奴らが接触しているところを見つけたら、どうすればいいんだ?」


「そこでこの道具の出番です! ジャジャジャーン」


 アウロラが水晶玉を取り出す。


「接触している場面が見えるところで、この水晶玉に魔力を込めるだけでいいんだよー」


「どういう……仕組みなんだ?」


「ちょっと待ってね」


 そう言ってアウロラは掌を会議室の天井に向けてかざすと、その手から緑色の光が発せられ、たちまちその光が会議室を包む。


「これは……防音魔法かな」


「そう、ウチは属性・種類関係なく、一通りの魔法使えるからね。その代わりそれぞれの威力はそうでもないけどー。広く浅くってやつ?」


「それで、この水晶玉って防音魔法で隠れて話さなきゃいけないほど重要な物なのか? ……あ、これがアウロラの情報収集源だったりして?」


 グレインの推測を聞いたアウロラは目を点にして驚き、口をあわわと震わせている。


「な、な、なっ!」


「あれ、めちゃくちゃ適当に言ったんだけど……」


 明らかに動揺して、固まったままになっているアウロラの隣で、ナタリアが笑いを堪えている。


「ぷぷっ……。アーちゃん、あれだけ自分の情報収集力は『企業秘密』とか勿体ぶっておいて、あっさりバレてやんの」


 アウロラを指差して笑うナタリアの目の前で、アウロラの手に持つ水晶玉がかすかに光る。


「マスター権限において、サブマスターを減給三ヶ月に処する」


「ちょっとアーちゃん、酷いんじゃない!?」


 怒るナタリアにアウロラは、んべー、と舌を出している。


「お前らやめろ、子供か! 全く……話が進まないじゃないか!」


 そんな二人を一喝したのはグレインだった。


「グレインさん……この町のギルド最高幹部のお二人に『お前ら』って」


 セシルはそういった上下関係に敏感なのか、一人だけグレインの言動に慌てている。


「いいんだ、もうこいつらの性格は分かった。今更そんな細かい事でグダグダ言わないだろう。……それで、この水晶は何なんだ」


 アウロラは、グレインに水晶玉を差し出す。


「見ててね」


 そう言って、アウロラは水晶玉を黒い台座にセットする。

 突如、ナタリアの顔が水晶玉に映り、アウロラの声が響く。


『マスター権限において、サブマスターを減給三ヶ月に処する』

『ちょっとアーちゃん、酷いんじゃない!?』


 グレイン達は驚きつつ水晶玉から距離を取る。


「アウロラやめろよ! ……あー、びっくりした。ナタリアのあんな顔を大映しにしたら駄目だろ! 心臓が止まるかと思ったぞ」


「……大丈夫よ。今すぐ心臓止めてあげるからね?」


 グレインは背後から彼の右肩にぽん、とナタリアの手が置かれたのを感じて、覚悟を決めて静かに目を閉じる。



********************


「はい、任務にふいへは分かひまひた」


 真っ赤に頬を腫らしたグレインはアウロラに頷く。


「『任務については分かりました』と言っていますっ」


「グレインさん、また鼻血……」


 ハルナが通訳、セシルがハンカチで鼻血を拭いている。


「二人とも、そんなバカの世話なんてしないで、放っておいてもいいのよ?」


 ナタリアは腕組みをして会議室のソファに腰掛けているが、言うまでもなくグレインの有様は全てナタリアが元凶である。

 左手でグレインの右肩を後ろから掴んで引き寄せ、振り向いたグレインの顔に渾身の右ストレートを打ち込んだのだ。


「お姉ちゃん、最近ちょっとグレインさまに当たりが強過ぎますぅ……。グレインさまはまだ、治療院を退院して十日も経ってないんですよ?」


「そいつが変な事ばっかり言うからよ!」


「ほれじゃあ、おうほにふかうか」


「『それじゃあ王都に向かうか』だそうですっ! 行きましょう、グレインさま!」


 その言葉を合図に立ち上がる三人。

 会議室のドアまで行ったところで、グレインが立ち止まり、ナタリアの方を向いて声を掛ける。


「なはりあも、気を付けほよ」


「『ナタリア、この世で一番愛してる、結婚してくれ』と言っていま……いたたたたたたっ!」


 グレインがジト目でハルナの頬を抓っていた。


「ハルナさん、悪戯はいけませんわ! 『ナタリアも、気を付けろよ』ですわよ。グレインさんは、自らの命を無慈悲な右ストレートの一撃で奪おうとした残虐非道の暴力鬼畜姫に対しても、広い慈悲の心でその身を心配する言葉をお掛けになったのです。確かにナタリアさんも、わたくし達『災難治癒師』の関係者と言えば関係者になりま……っ! キィャァァァァーー!!」


 見れば、会議室の奥からナタリアが、鬼のような形相でセシル目掛けて猛ダッシュしていた。

 この後セシルは、防音魔法の結界を飛び出し、ギルドの廊下と下り階段を悲鳴を上げながら駆け抜けていったため、ギルドの一階では大騒ぎになったのだった。


 ハルナはそんなセシルを追い掛けて、小走りでギルドの廊下を走っていく。

 ナタリアは猛ダッシュしたものの、セシルがあっという間に逃げてしまったためなのか、会議室のドアで立ち止まる。

 アウロラはソファに腰掛けたまま、お茶を啜っている。

 皆が皆、バラバラに過ごしている中を、グレインはただただ会議室のドア横で、流れる鼻血をセシルのハンカチで押さえたまま、呆然と立ち尽くしていた。


 そんなグレインを見付けたナタリアが、不意にグレインの耳元に唇を近付け、短く囁く。


「ちゃんと……借金返しに帰ってきなさいよ」

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