第025話 未練がないなら
「お待たせいたしました、『雑木林サラダ』です」
そう言って野菜が立ち並ぶサラダボウルを運んできたのは、眼鏡の受付嬢、ミレーヌであった。
「あ、わたくしのですわ」
セシルが小さく手を上げる。
「セシルはいつも野菜ばっか食べてるけど、もしかしてエルフって野菜以外を食べられないのか?」
「いえ、単にわたくしがお肉をあまり好きではないだけですわ」
「私はお肉大好きですよっ!」
「「「知ってる」」」
突然ハルナが声を上げて会話に乱入してくるが、セシルのサラダが来る前から一心不乱にミートボールを食べていたその様子を見れば、言わずもがなである。
「なぁナタリア、この店の店員ってギルド職員しかいないのか?」
「失礼ね、いるわよ。……料理人が」
「いや店員は」
「だから料理人が、接客も店の掃除も会計もやるのよ」
「「「まるで個人経営」」」
「それもこれも全部、このギルドがものすごく貧乏で、人を雇う余裕が全くないからなのよ」
「食費が負担になって、わたくしを牢屋から追い出した位ですものね……」
セシルが苦笑する。
「だってここ初心者用の町だからねー。依頼もたいした金額じゃないし、冒険者のみんなもお金持ってないし。王都ぐらいになると、報酬が億単位の依頼だってあるんだよ? あ、報酬額って依頼の請け値から何割かの仲介手数料をギルドがもらって、残りの金額になるんだよー。うちだと三割とかね。そう考えると、三割引いても億単位あるって事は……えっと……いくつだろ? ……と、とにかくすごいでしょ!? ギルドウッハウハでしょ!?」
アウロラが身振り手振りを加えて活き活きと話す傍で、ナタリアは冷や汗をかいていた。
「あんた達、お願いだから、今アーちゃんが言った『ギルドの仲介手数料割合』は聞かなかったことにして」
「あ、これ企業秘密だったっけか。えへへー」
「アーちゃんお前あとで説教な」
ナタリアがドスの利いた声でアウロラを睨むと、アウロラは全身をびくっと震わせて静かになる。
「でもギルマスは遊び歩いてるんだろ? それはギルドの金を遣ってるんじゃないのか?」
「あれは自費ね。アーちゃんは貴族の御令嬢。なのでお金持ちなのよ」
「アーちゃん俺と結婚しよう」
ナタリアがグレインを睨みつける。
「でもウチが自由に使えるお金ってお小遣いだけだから、ホント雀の涙だよー? それに弟がもうすぐ成人するから、そしたら家の財産は全部弟が継ぐんじゃないかなー?」
「すいません結婚の話は無かったことに」
「あんたは金のことしか考えてないのかっ!」
ナタリアがグレインの頭を叩く。
「あははっ! ウチは気にしてないからだいじょーぶだよー。でも、財産だけじゃなくって、ウチ自身の魅力にも気付いてほしいにゃぁん」
アウロラの頭にはいつの間にか、さっき外したはずの猫耳飾りが復活している。
「すいませんあなたと一緒だと一生気が休まらないので勘弁して下さい」
「むむっ、では貴殿に正直に問おうではないかっ! ウチとナーちゃんだったらどっち? いや、むしろこの中で一番結婚したい娘はだーれ?」
「仮に居たとしても、こんな公衆の面前で発表できる訳が無いだろうが! それに、この中に結婚したい女なんて……いないぞ」
「ふぅん、……そんなに『緑風の漣』のラミアがいいの?」
突如としてアウロラの眼光が鋭くなり、グレインは息をするのさえ忘れるほどに身体を硬直させる。
「な……っ……」
「あ、言い忘れてたけどアーちゃんってね、このギルドに出入りしてる冒険者の情報をほとんど全部把握してるから」
ナタリアが微妙にドヤ顔で語る。
「グレイン、大丈夫だよ。ウチは真実を知ってるから。あの女があなたにした事も、グレインが『緑風の漣』を結成して冒険者を始めてから、洗礼を受けるまでの二年間と、洗礼後の三年間についても、……追放された日の事もね」
「……っ!」
アウロラの一言で、グレインはアウロラが本当に全てを把握している事を確信する。
洗礼を切っ掛けに、グレインの生活やパーティ内での立場は大きく変わっていたのだが、リーナス達『緑風の漣』のメンバーは、表向きは『いつも通り』の五年間を過ごしているように見せかけていたからだ。
それなのに、アウロラは洗礼前と洗礼後を別の括りとして捉えている。
これは内情を知っている者にしかあり得ないことであった。
「本当に……知ってるみたいだな……。この町のギルドだけでも、数百人の冒険者が利用しているだろうに、どうやってそんな情報量を集めて──」
「それは『きぎょーひみつ』ってやつだよ! でも、全身の骨折られて関節外されて内臓破裂してたのに、よく生き延びたよね。あんなのほぼ殺人事件だよー」
ルビス先生から聞いたのか、アウロラはグレインが暴行を受けた際の容態まで全て把握していた。
傍らではセシルが青い顔をしてグレインを見ており、野菜を食べる手が完全に止まっている。
「アウロラ、本題に入ろう。……俺たちに何か依頼があるんじゃないのか? もしそうなら、そろそろ依頼内容を聞かせてくれないか?」
「その前に、だよー」
「ん?」
「結婚相手にするなら、誰がいいの?」
「それ、そんなに大事な話ですかねぇ!?」
「誰かなー。……ひょっとして、ウチだったりして? キャー! キャー!」
「話聞けよ! まぁあえて言うなら……絶対にナタリアだ」
「「「『あえて』なのに『絶対』って」」」
「ちょ、ちょっ……! な、なんであたしなのよ!?」
「理由は四つ。歳が近い……っていうか同い年だしな。あと料理が上手い事と、このメンバーの中で一番普通に近い感覚を持ち合わせている事、それと……優しいところ」
グレインはそう言いながら自らの顔が赤くなっていくのを感じたが、それ以上にナタリアの顔が真っ赤になっていた。
「ひゅーひゅー! ……なんか青春感じるねぇ〜」
アウロラがニヤニヤしながら二人を見ている。
「お前が聞くからだろうが! あー、なんでみんなの前でこんな事言わなきゃならないんだ!」
「ホントにラミアに未練がないか確認したかったんだよ。依頼は……下手するとラミアの実家を潰す事になるからね」
アウロラは再び、鋭い目付きでグレインを見ていた。
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