34枚目 「司書の制約」


 予言。


 記憶を遡れば、空飛ぶ船上で金髪少年がそんな話をしていた気がする。


 八割的中するのだったか。

 二割は外れるのだったか。


「どちらの認識も正しいわよぅ、ラエルちゃん」


 ラエルの質問に、ロゼッタはそう答えた。


「八割的中して、二割は外れる。これは、占うにあたっての制約みたいなもの」

「制約」

「決まりを守っていた方が、ながーく安定して使いこなせるってことよぅ」


 貸し出し手続きを終えた書籍を引き出しの箱ドロワーボックスのポーチに収納する黒髪の少女は司書の言葉から、「予言」自体が禁術に近いものであることを悟った。


 魔術が禁じられる理由は「発現が術者又は他者の命にかかわる」か、「その発現が人民が生活する中で非常に平等性を欠くものである」か、のどちらかである。

 前者は明らかに危険な代物が登録されるので、ラエルが専門とする黒魔術にも禁術の類はごまんとある。


 国一つふっ飛ばしたり、そこら一体を虚無にしたり、使う本人も周囲ももれなく巻き込まれるようなものが多いが、後者の理由にあてはまる物の例をあげるとするなら他者の選好行為を操作する『魅了チャーム』、隷属契約に使う『束ね縛スピリットる絆バンド』、記憶改変魔術の一つである『箱のディ・中身はネバー捨てるもの・ハペンド』などがある。


 文字通り、発動自体が平等性を欠き、倫理的にもよろしくない魔術ばかりだ。


 ……が。


 二つ目の条件に「平等性を欠く」という文言があることからも分かるように、禁術と呼ばれる全てが必ずしもハイリスクローリターンだとは限らない。


 例えば、術者の命を使って発動する蘇生魔術。使用者が蝕まれることで威力を発する伝統的な魔剣錬成――それらが悪用されでもしたら、世界がどう歪んだ物になるか想像もできないという場合である。


 「末来を知ることができる」という能力が独裁的な思想を持つ組織や人間に悪用されたらどうなることか。

 特に魔導戦争の発端になった人族の某王様 (風の噂なので名前までは知らないが)辺りには手に入れて欲しくない能力であることは確かだった。


「あっはは百面相ね。でも、貴女が想像している様な便利な魔術じゃあないわよぅ。そもそも『魔術』じゃなくて『魔法』みたいなものだし」

「『魔法』!?」

「そうよぅ。無詠唱で発動する上に常時発動型だからぁ、自分でも制御できないの」


 そんな常時発動型の魔法があってたまるものか――黒髪の少女は突っ込みたい本心を喉の入り口でどうにか飲み込んだ。


 魔導王国浮島、変人の巣窟過ぎる。


「そうねぇ。私は勝手に『怠惰の舌』って言ってるけれど、皮肉みたいなものよぅ」


 言って、爪を塗った指を曲げる。


 お昼寝の時間の管理。

 使い魔を使用しての人払い。

 夜間の一定時間は二階に入館制限をかける、などなど。他にも例をあげていくロゼッタ。


 資料室の利用制限規則の殆どが彼女の予言の力を安易に発動させないようにするためのものだそうで、ではその予言が絶対に必要な場面に直面した場合はどうなるのかというと――。


「緊急性があるときは強制力が働くみたい。どうやら私が深層意識で未来の展開に危機感を感じた時だけ、選択の分岐点に立つ人間と無意識に接触を図ろうとするわけ。例えば、唐突に意味も無く散歩したくなったり、そこの扉を意図せず開けちゃったり」

「意図せず、扉を?」

「さっきのが正にそうねぇ」


 特に驚くこともなくロゼッタは言い、ラエルが手渡したメモに視線を落とす。


「……でも、さっき十割って言ってなかった?」

「えぇ。はねぇ、ぜんっぜん制御できないからほぼ百発九十七中みたいなぁ」


(なんだ、そのほぼ・・的中するみたいな言い方は)


「私が寝ている時、ハーミットは貴女を私から遠ざけたでしょう? あれは、この体質があるって分かっていたから」


 ラエルは頷く。これで、あの時の金髪少年の焦り様がよく理解できた。心の準備もできないまま予言されるなど堪ったものではない。


 ロゼッタは半眼の瞳を傾ける。赤い瞳が頬張られた飴のような様相だった。

 先程まで寝ていたというのに、まだ眠いらしい。


「んー、そうだぁ。ラエルちゃん、右手貸して頂戴?」


 明らかに眠たげなその声音に従って、ラエルが戸惑いつつ右腕を上げると、ロゼッタはふんにゃりと笑う。


 少女の手のひらを。長いブラウスで隠された手首から伸びる、雷のような傷痕をなぞる。


「…………ふふ。貴女の明日を占ったわ」

「!?」

「サービスよサービス。私の寝言は聞いて心地いい物じゃあないからぁ。巻き込まれた人にはアフターケアーが必要なのよぉ……という言い訳をしつつぅ、お節介」


 ロゼッタはラエルの手を離すと千鳥足でカウンターを乗り越え、元の位置である内側の座席に腰を落ち着けた。肘置きのある座り心地の、もとい寝心地の良さそうな回転椅子だ。


「占ったって、そんなに乱用して良いものなの!?」

「私にしたら、目を合わせたら占ってるも同然なんだけどねぇ、皆嫌がるからぁ。えっとね、結果なんだけど」

「話が流れるように進んでいくんだけれど」

「まあ聞いてよぅ。貴女、元々男性運があまり良くないみたいなんだけどぅ、明日は色んな意味で風向きが良いみたいよぅ?」

「か、風向き?」


 んふふ、と。今にも眠ってしまいそうな勢いで瞼を閉じたロゼッタは呟く。


、明日の朝、起きたら回線ラインでも使ってぇ。ハーミットをデートにでも誘ってみると良いわぁ」


 言ったかと思うと、赤い瞳は貝のように閉じてしまった。


 ラエルは紫の瞳を瞬かせる。


 その予言は先程受けた不穏な言霊とは違い、彼女の最終目的に一直線に結びつきかねない情報で――彼女が行動を起こす起爆剤に足るものだった。




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