10枚目 「隠者の企み」


 今回の計画の中核は、「いかに固定魔術式を破壊せずに内部に攻撃魔術を発現させるか」だった。

 尤も、魔術を使用する為に発動させる魔法式には、汎用五属の魔法系統に限って明確な序列がある。


 「土」を魔力で練れば、触れずとも形が作れる。

 周囲の空気を引き寄せて集めれば、形のない「水」を生み出せる。

 水を震わせて蒸発させ、空気を熱せば「火」のもとに。

 周囲の熱を操作したならそれは「風」に。

 それらを組み合わせたなら――「雷」をも生み出せる、といった具合に。


 魔術士は殆どの場合、汎用五属の簡単な基礎魔法式を頭の中で計算しながら、魔術を扱う。言うまでも無く土より雷の方が手順が多いので、魔力を多く消費する。


 『土魔法』に近いほど燃費が良く、『雷魔法』に近いほど程燃費が悪い。


 但し、これは術者の魔力量と技量、魔力排出のキャパシティに大きく左右される。


 私は「火」のみならず「土」も「水」も「風」も苦手だ――理由は先程金髪小僧が説明してくれた。私は、人族にしては魔力量が多いのだ。


 人族の身体で制御するにはキャパオーバーとされるぐらいには魔力が豊富で、おまけに不器用。


 黒魔導師の母に黒魔術を教わり、それなりに修行っぽいこともしたのだが……母曰く、私は魔力放出量の調節が苦手らしい。


 集中力が足りていないというよりも、発達の欠けに近いものらしい。

 故に、完全にものにする為には常人の数倍もの努力を必要とする……そう言われた記憶がある。


 しかし、当時の私たちは時間の掛かる努力を優先できるような恵まれた環境下になかった。

 毎日灼熱と極寒を繰り返す砂漠の中で、現れる魚をさばき、虫を潰し、氷柱から水を得なければならなかった。


 母が私に黒魔術を教えた理由は、何が起こっても一人で生きていく為の最小限の手段として必要だったからである。制御できないからといって魔術を扱えないようでは、この先到底生き残れない――だから私は、開き直った。


 魔力量が多いから、簡単な魔術でも暴発する。

 その根本的な原因は、使用する魔術に必要とされる以上の魔力が、制御無しに流れ込むからだ。


 ならば、使を使用できれば、どうだろうか。


 ほど・・


 結果、私は『雷魔法』の魔術を必死になって習得した。


 迅速に魔力を練る練習から始め、基礎過程をできるだけすっとばして「火」と「水」と「風」の必要な部分だけを死ぬ気で学んだ。


 スパルタ修行を経た私が『雷魔法』を始めて発現させたのは国を追われて七週間後――まあ、当時七歳の子供にしては上出来と言ったところだろう。


 砂の海を泳ぐような強固な鱗を持つ砂魚に当時の脆弱な「静電気」が敵ったのかと言われれば、まあ、無理だったのだけど。


 ともかく。使用可能な魔法系統を得た私はその後、暴発しやすい他の魔法系統にはあまり手を付けてこなかった。


 十六歳になった今では、「火」と「水」に関しては生活必需品なので暴発までは行かずとも爆発程度に抑えられるようになったが、これは魔法の話であって魔術は含まれない。


 私個人は慣れっこだが、周囲に他の人間が居た場合に巻き込みかねない程度の危うさだ。

 密閉された空間内であれば、それは言うまでも無く悪手である。


 だから雷魔法――もとい、雷魔術。私は雷系統の魔術を中心に使用するようにしている。


 ……ただし。


 繰り返しになってしまうが、私は魔力制御に関してもの凄く不器用だ。

 唯一制御出来る「雷」の魔術でさえ、気を抜けば爆発するのである。


 そう。きっかけさえ、あれば。







 詠唱の瞬間に、すれば・・・







 チュドン! バリバリバリバリバリバリバリィ!


「――はっ!! 威力調整しくじった!? っていうか首痛ぁ!?」


 ……結局、固定魔術式の穴を使用するなどまどろっこしいことはせずに私怨しえんでもって放った雷は、目の前の金髪小僧を直撃した後、八方に四散した。


 『霹靂フルミネート』は雷魔法の広範囲魔術であり、私が習得している黒魔術の中で最も魔力を必要とするものだ。


 故に、魔力が枯渇こかつするまで発動し続ける (つまりは暴発する)心配はないのだが、落ちた雷が消滅せずに爆発四散する危険は考えていなかった。


 すっかり頭から抜けていた。


 『黒魔術は人を助けるのに壊滅的に向いていない』と、母は言ったが、それはつまり『あんたの魔術の使い方では周りを巻き込みかねないから自重しなさい!』という忠告と同義である。


 私はその意味を分かってやらかしているので、まあ、どうしようもない。

 私もまた、救えない馬鹿なのである。


 雷はテント内をあちこち跳ねまわって客席全体に張られた薄い魔術防御壁をぶち壊し、客の何割かを巻き込みながら放電――そのまま天井に打ち返され、飛んでいるカンテラやら固定魔術式とやらをぶっ壊した。


 ……やったね!


 尚、固定魔術式については補修が間にあったようで、テントの天井は左斜めに傾いただけで済んでいた。流石は魔導王国の役人だ、お仲間に優秀な魔術士が居るらしい!


 心の中でガッツポーズをする一方で、客やスタッフが、未だ走り回る雷に追いかけまわされて大パニックに陥っていることを確認した私は、当初の予定通りこの場から退散する為に周囲を見回した。


 足元で、かつて金髪小僧だった黒こげの少年が煙を口から吐き出しているのが目に入る。


「あ、う。うがが」

「……ちょっと流しすぎちゃったかしら。それにヤバいわね。壊す予定がない物まで巻き込んじゃったし、目立ち過ぎた気もするし……おーい、生きてますかー」


 がっくんがっくんと、首の座っていない子供の如く前後に力無く動く首に不安を感じつつ、目の前の黒焦げ小僧の方を前後に揺さぶる。


 人を殺すことは悪いことである。悪人とはいえ黒焦げ小僧に死んでもらっては困るのだ。


 個人的にはこいつには改心して欲しい。これだけの事を計画できる脳みそを持っているのだ、他の職に就いたとしても十分やっていけるに違いない。


 しかし、頬をつねっても、耳を引っ張っても、琥珀の瞳は白く裏返って戻って来なかった。


「起きないわねぇ」


 今の私にできるのはここまでだ。


 『霹靂フルミネート』を一発撃った以上、あまり魔力は残っていない。これ以上この場所に留まろうものなら、この身一つで抵抗する他ないのである――と、そこまで考えて違和感を覚えた。この状況で客や他の人売りから反撃が無いのはおかしい。


 首輪としての機能を失ったであろう、ねじ曲がった金属の塊を遠くに蹴り飛ばしてから周囲を見回す。宙に舞っていた土埃が晴れた時、そこには予想だにしていなかった光景が広がっていた。


 バサリ、バサリと、衣擦れの音が辺りに満ちていることに気づく。

 次に聞こえたのは鉄を弾いたような甲高い音だ。

 続いて、会場の至る所であらゆる魔術が展開されぶつかり合っていることに気づく。


 一秒遅れで鼓膜に人の叫ぶ声が届いた。ものすごい剣幕で怒鳴り散らす人や、詠唱を行う人々の声が。


 客席で、客同士が、スタッフ同士が、あるいは客とスタッフが組み合って、殴り合って、魔術を撃ち合って、武器をぶつけ合い甲高い音を立てながら喧嘩をしているのである。


 人族も魔族も獣人も亜人も、種族関係なくごっちゃになって、ケープを身に付けた人と、そうでない人とが取っ組み合うというその異様な光景は、一度に目に入る情報としては多すぎて、すぐには処理できなかった。


 何が敵で、何が味方か。


 自分が誰に協力して、誰に敵対したのか。一瞬だけ、理解できなかった。


 けれども、一つだけ確信を持って言えることがある。

 この展開はあの隠者達の企みによるもので、この状況を作り出すことこそ、彼らの目的だったのだと。


「……!」


 『沈黙サイレンス』も掛けられていないのに、声が出なかった。


 そうだ。灰色のケープだ。あれには見覚えがある。

 ドクターと呼ばれる白魔術士が居た診療室の椅子の背に引っ掛けられていたものと同じだ。


 そしてそれよりもっと前、私が新しい檻に入れられたとき、目の前を歩いていた赤と黒の色を纏った人売り達の一部は、あのケープを羽織ってはいなかっただろうか。


 先程舞台袖でおどおどと話しかけて来た魔族も、私に水の入った器を差し出した人売りも、同じ物を身に付けてはいなかっただろうか!


 ――そこまで辿り着いたところで、私は客席のある人物と目が合った。


 その客は、乱闘騒ぎの中でも平然としていた。

 誰に敵意を向けるわけでもなく、苔色のマントで体躯をすっぽりと覆い隠した上にフードを被っている。


 その人は出入り口に一番近い位置から私を見ていて。確かに目が合った。


 客はゆったりとした動作で、左腕を振る。


「……?」


 思わずこちらも腕を振り返してみると、苔フードの左の指先は、こちらを通り越して反対側。私が背にしていた客席の方を示した。


 敵か味方かも分からない、彼の指し示す方へ視線をずらす。

 その瞬間。


「『    』――っ!」


 多分、私がやらかしたことに腹を立てたのだろう。

 私を落札した獣人のお付きが、何か魔術を発動させたことだけが、理解できた。


 腕から煙のように色付いた魔力が立ち上り、土色の帯を形作る。端と端が硬質化されてまるで重厚な鉛の刃になったかと思うと、差し向けられた左腕を伝って放たれる。


 目で追うのもやっとなぐらいに素早い魔術構築に呆気に取られ身じろぎも敵わない私に、それは一直線に奔って来た。


 ああ、これ駄目だ。避けられない。


 そう思うも、帯状の刃は私の目と鼻の先で進路を変えた。

 どうやら目的はだったらしい。


 頭上にある巨大なカンテラの束が、砕き落とされる。

 おびただしい数の硝子と鉄くずが、凶器となって舞台上に降り注いだ。







 走馬灯が走るように、目に映る世界が灰色に見えた。

 私は、少年の首根っこを掴んで突き飛ばした。


 痛いのは、嫌いだ。

 でも、痛がる人間を見るのは、もっと嫌だ。


 私は私の意思をもってして、一切の偽善を抜きに動いたのである。


 ……その結果助かるのが、あの少年というのは何とも。


 救われないなぁ。と、他人事に思った。




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