♦♦ 4 ♦♦ 懐中時計が、止まる時
「ねぇ、ハルカ。なにか用事でもあるの?」
お菓子の家で、二人まったりと寛いでいる最中、一人がけのソファーに腰かけて、懐中時計を見ているハルカに、私は声をかけた。
金色の光沢が美しい懐中時計。
それを、朝から眺めては、ハルカはとても嬉しそうにしていた。
「いや、用事なんてないよ」
「じゃぁ、なんで朝から時計ばっか見てるの?」
「あぁ、なんだか嬉しくて」
そう言ったハルカは、また愛おしそうに懐中時計を見つめる。
「この時計が止まったら、欲しかったものが手に入るんだ」
そういって、視線をあげたハルカは、まっすぐに私を見つめた。
「欲しかったものって?」
「内緒」
「えぇ!?」
だけど、その後、懐中時計を胸ポケットにしまったハルカは、"
(時計が止まったらって……願かけでもしてるのかな?)
切れたら願いが叶うとか、そんな感じ?
そんなことを考えていると
「アンナ。お昼ごはん食べたら、また出かけようか。今日はどこにいきたい?」
ハルカが、そう問いかけてきて、私は表情を明るくする。
「じゃぁ、今日は”虹色の川”を渡ってみたい!」
キラキラと輝く虹色の川。
あの絵本も主人公も、男の子と動物たちと一緒に渡って、とても楽しそうにしていたのを覚えてる。
「あぁ、ごめん。あの川は、まだ渡れないんだ」
「え?」
だけど、そのあと予想外の言葉が返ってきて私は目を丸くした。
「え!? ダメなの?」
「うん。時間が決まってるんだ。6時44分になってからじゃないと渡れないよ」
6時44分??
なんだろう。その中途半端な時間?
時間が決まっているなら、もっと切りのいい時間にすればいいのに……と、私が首を傾げると、ハルカは
「アンナ、川を渡るのは、また今度にして、今日は見に行くだけにしよう!」
そう言ったハルカの言葉をしぶしぶ飲みこむと、私たちは、お昼を食べた後、虹色の川まで出かけることになった。
◆◇◆
そして、午後1時半。
いざ虹色の川へ、出発!!
……と言いたいところだったけど。
「えぇ!? そんなにかかるの!?」
ハルカの言葉を聞いて私は青ざめていた。
なんでも、ここから虹色の川までは、歩いて4時間もかかるらしい。
「意外と近そうに見えるけどね。歩くと結構かかるんだ」
「だからって、4時間も!?」
「あはは。心配しなくても大丈夫。これ、なーんだ?」
するとハルカは、透明な液体が入ったボトルを私の前に差し出してきた。
「なに? 香水かなにか?」
「違うよ。これは、シャボン玉」
「シャボン玉!?」
「うん。みてて」
するとハルカは、そのボトルにストローをさし、空にむけて優しく息を吹きこんだ。
ストローの先からは、丸い丸い大きなシャボン玉が一つ。だけど、その丸いシャボンは、その後ぐにゃぐにゃと形を変えて、ゆっくりと鳥の形になっていく。
「わ~かわいい!」
瞬間、目の前で、シャボン玉でできた大きな鳥がバサリと羽ばたいた。
「この子に運んでもらおう」
「すごい。シャボン玉の鳥さんなんて! でも、割れたりしないの?」
「大丈夫だよ。優しく触れる分にはね。激しい刺激を与えたり、針で刺したりしたら割れちゃうけど」
そう言うとハルカは、自分よりも数倍大きい鳥の頭を撫でて、その背に乗り込んだ。
そして、ハルカから差し出した手を取れば、私もあっという間に、鳥の背中へ。
「落ちないように、僕の身体にしっかりつかまっててね」
そう言われ、私はハルカの身体にキュッと抱きついた。すると、それ合図にシャボン玉でできた透明な鳥が大空へと舞い上がる。
大きく羽ばたく鳥の背にのって、空高く雲の上まであがると、私たちは目的地へと進んだ。風の音を聞きながら、曇を掴みながら、すると、それから一時間くらいたった時、あの虹色の川が、大きな大河となって目の前に現れた。
「わぁ~」
上空から見下ろす虹色の川は、まるで宝石箱のように輝いていた。
キラキラと七色に光る川は、この世界を分断するように、どこまでも果てしなく果てしなく、一本の道のように続いていた。
「すごーい! ハルカ、ありがとう! 私、この世界に来これて、とっても幸せ」
何もかもが満たされた。
幸せで、心が弾むようで
そして、私が満面の笑みでそういえば
「うん。僕も、アンナと一緒で幸せだよ」
ハルカも嬉しそうに笑った。
それから、私たちは虹色の川のほとりに、二人並んで腰かけて、何時間も他愛もない話をした。
行きたいところや、やりたいこと。
そして、これからのこと――
すると、どれくらい経っただろう。
気が付いたときには、空はもう、すっかり赤紫色に染まっていて、ちらほらと星が瞬き始めていた。
「あ、星」
「もう6時か。そろそろ、帰らなきゃね」
ハルカが懐中時計を見て、そういえば、その時刻を聞いて、ふと思い出した。
(6時か……じゃぁ、あと44分まてば、この川を渡れるのかな?)
目の前の虹色の川は、日が落ちでも不思議と虹色に輝いたままだった。
その幻想的な景色は、まさに絵本の世界だからこそで
「アンナ」
「?」
すると、その景色に見とれていた私の手を、ハルカがそっと握りしめる。
「これからも、ずっと僕と一緒にいてくれるよね?」
キレイに笑って、そう問いかけたハルカに、私は素直に同意する。
「うん、もちろん!」
ずっと、ハルカと一緒にいたい。そう思うのは、嘘じゃない。
だけど――
「ぁ、でも……私が、この世界にいたら、お父さんとお母さんは悲しむのかな?」
不意に、両親の事を思いだした。
なんのとりえもない普通の両親だけど、私を今まで育ててくれた。
もし、私がいなくなったら—―
「い───ッ!」
瞬間、手に激痛が走った。
見れば、ハルカが私の手を痛いくらいに握りしめていて
「っ……ハルカ、痛い」
「そうだね」
「え?」
「アンナがいなくなったら、悲しむかもね」
どこか悔しそうに、悲しそうに、そういったハルカを見て、私は目を見開いた。
「ハ……ルカ……?」
「あーぁ、あと44分だったのに」
心臓が、ドクンと波打つ。
44分……?
「やっぱり、アンナは──」
するとハルカは、また綺麗に笑って
「僕と一緒にいたくないんだね」
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