大きなのっぽの木の下で

朝凪 凜

第1話

『この森に足を踏み入れるな……』

 おどろおどろしい声が近くに響き渡る。

 そこで足を止めた男は空を仰ぎ、考えを巡らせた後、一つ頷き――歩みを再開した。

「えぇ!? 戻らなくていいの?」

 後ろから声を掛けた少女はそう言いながらも小走りで追いかけてくる。

 少女は色の薄い長髪に真っ白な肌で15,6歳くらいなのだが、耳が長い。エルフだった。

「噂が本当なら、ここが目的地だ」

 にんまりとした得意顔で先を進む男。こちらは20歳くらいだろうか、短髪黒髪の精悍な顔つきでしかし背は少女より低い。人間である。

「目的地……? じゃあ、これで分かるのね」

 少女が目を輝かせ、男に詰め寄る。少女の方が10cmあまり背が高いせいで、遠目からは威圧しているように見える。

「まあ待て、あくまで目的地であって、目的のものがあるとは限らん」

 少女を押しのけ、男は先を行く。


 しばらく歩くと可愛らしい少女が仁王立ちをしていた。

「こんなところで一人とは危なっかしいじゃないか、お嬢ちゃん」

 やや離れたところで立ち止まり、男は声を掛ける。この距離であれば大抵の間合いの外だからだ。

「帰れって言ったじゃないのよ! 何で来んのよ!」

「ちょっとここら辺に用があってね。お嬢ちゃん」

 見た目通りの口調で、男は安堵し、少しずつ近づこうとした――ところで気付いた。少女もまた耳が長い。それも後ろにいる彼女よりも長く、長寿であることが窺えた。

「あー、お嬢さん。もしや貴女がここの番人さん?」

 この森は近くの村から『迷いの森』と呼ばれており、入ると二度と出られなくなるとか迷いの森の守護者によって操られて帰ってくるだとか色々な噂があった。

「番人って言い方が美しくないわね。精霊の守人もりとよ」

「あんま変わんないと思うんだけどなぁ。それよりちょっと聞きたいことが」

「アタシには無いわよ! さっさと帰んなさいよ!」

 男は埒が明かないと思うや否や、後ろいた少女を突き出した。

「えっ、何、いきなり?」

 まさか突然盾のように使われるとは思ってもいなかったらしく、慌てふためくと

「あなたもエルフね。なんでこんな男と一緒にいるの?」

「まあ、なんて言うか話すと長いんだけど――」

「じゃあ短く」

 男が茶々を入れる。

「あたしも長いのは立ってるの疲れるから」

 小さな少女も合いの手を入れる。

「えぇぇ……。うーん、仕方ないわね。手短に言うと――」


 少女は、自分の住んでいた村の倉庫から何かの粉を被り、不老不死となってしまった。それから何百年してもどうにもならないから、戻す方法を探すために旅をしている。ということを長々と語った。


「それで、そこにいる男が――」

「長い! もういいわ。面倒くさいから、あなたから直接聞くわ」

 小さな少女がそういうと森の奥へ向かい手招いた。

「そこの男は来なくていいから! 来たら何も教えないからね!」

 念を押されてしまい、興味本位で行こうとしたが

「何も教えてくれなかったら困るからここで待っててちょうだい!」

 少女からも釘を刺されてしまい仕方なくその場で待つこととした。


 少女がついていき、またしばらく歩いて行くと、巨大な木の幹が鎮座していた。

「それじゃ、ここに座って」

 木の根元を指差し、少女も素直に従った。

 少女が木の根に腰掛けると、守人の少女はなにやら唱え始める。


「…………。なるほど。分かったわ」


 座った少女は少しの時間もしないで、何か分かったのかと首を傾げた。

「どうでした?」

「不老不死とか、あの男が何で着いてきたのかとかは分かったわ。

 このご神木を通して見ると、その人の過去・現在・未来を見ることが出来るの。

 で、あなたの過去と現在は見えた。でも未来は見えなかった。つまり、現在がずっと続いている不老であり、不死であるということが分かったのよ」

「そうなんですか! さすがです!! それでこれを治す方法は?」

 前のめりになりながら問う。

「まあ、なんていうの? 簡単に言うと分からないってことが分かったわ」

「はい?」

 何が分からないのか分からないという顔で聞き返す。

「不老不死になった原因とか要因は分かった。でもそれを治すための方法は分からないの。そもそもこの不老不死は偶然の産物だから、治す為の資料もないし情報も無いわ。手っ取り早いのは全部を試すことだけど、過去を見たけど嫌でしょ?」

「痛かったり苦しかったりっていうのはもう……」

「それでもこの腕が鍵になるのは確かだわ」

 少女の腕を取り、袖を上げると何やら蒼い紋が刻まれていた。

「これが不浄なる痕と呼ばれる呪いの一種ね」

「呪い……」

 新たな不幸を背負った少女が暗い顔を落としていると更に小さい少女が慰める。

「そう気を落とさないことね。呪術であることが分かれば、探し方も変わってくるでしょ?」

「そうですね。人生気長に行きましょう。私は心も体も気が長いですから!」

 ポジティブな少女はそう言って立ち上がった。

「ありがとうございます! 小さな守人さん!」

 なんの陰りも無く軽やかに走って行く少女を眺め

「それは皮肉にもなってないし、実際アタシより長生きだったし……。不老不死って成長も止まるのねー。うらやましー」

 悲しく独りごちる守人はそれからしばらくしょんぼりしたまま過ごすことになった。

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