鏡怪談 陸:鏡国ノ話
等星シリス
一 特務零課
「ちょうだい……その綺麗な顔を……私に……」
虚ろな声で譫言を繰り返しながらじわりじわりと近づいてくるのは口どころか目も鼻も無い、顔面が切り取られた少女の幽霊。
彼女もまた犠牲者の一人であり、その不幸極まりない末路には同情を禁じ得ない。
──が。
「あ……ぇ……?」
「悪いけどこの顔はあげられないな、結構気に入ってるんでね」
「ど、うし……て……?」
どれだけ同情の余地があったとしても結局は生あるものに仇なす怨霊。
ひと思いに退治してやるのがせめてもの情けであり、果たすべき職務でもある。
そして何より──
「うちのかわいい甥っ子を標的にした以上、放っておくワケにはいかないんだなぁこれが」
「そ、んな……」
「理不尽だって?まぁそんなもんさ、退治される理由なんてのはな」
「ぁ…………」
「それじゃあまた来世」
「──以上、
報告書を書き終え、キーボードを叩いていた指を軽く曲げては伸ばすことを繰り返す。
「っといけね、保存保存」
前に折角書き上げた報告書のデータをうっかり消してしまったことを思い出し、慌てて保存処理を行い息を吐く。
「これでよし、っと」
「
「あっは、ぃうおっとと」
一区切りついたのを見計らったかのように
「それ、もう読んだ?」
「いやこれ今日発売の奴じゃないですか……昼に買ってきて読むつもりではありましたけど……」
「なら買う手間が省けたわね、良かったじゃない」
「どうせ後で代金たかるんですよね分かってますってばー」
「たかりはしないけど勝手に持ち帰らないでね、それ一応ここの備品扱いだから」
「オカルト雑誌が備品扱いってどうなんですかねぇ、今更ですけど」
「本当に今更ね」
「で、どの記事読めば良いんですか?」
「
「四鏡村四鏡村……あ、これか」
目当ての内容──闇に消えた地 四鏡村というタイトルがつけられた記事は雑誌の半分より少し後ろの方に掲載されていた。
自然災害によって壊滅したとされるその村には生贄を伴う儀式の因習が存在していた。
鏡送りと呼ばれるその儀式は村の奥に広がる淡水湖、
四鏡とは死の境──
また四鏡村は四つの家に治められており、儀式の生贄となる鏡の巫女はこの四家から排出される。
これは筆者の推測だが鏡送りに失敗し、常世の闇が溢れてしまった結果が四鏡村壊滅の真相ではないだろうか。
「……あれ、この記事もしかして
「文体が似てるし多分そうじゃないかしら」
「前回に比べると随分マイナーなネタを持ってきましたね」
「やっぱり有名どころの話じゃないのね、通りで覚えがないと思ったわ」
「あの村近辺で鏡隠しが起きやすい話ならまだしも、儀式の因習があったなんてのは俺も初めて知りましたよ。どうやって調べてきたんだろうなぁ、これの筆者……」
「直接現地に行って資料を集めてきたんじゃないの?」
「いやいや、何十年も前に壊滅してる村に行って資料集めとか無謀も──」
「何を駄弁ってるんだ、お前達は……」
「あら
機嫌の悪そうな声がした方を見ると眉間に皺を寄せた照島さんと目が合った。
「んー、何かと聞かれたら四鏡村の話……ですかね?」
「そうなるかしらねぇ」
「四鏡村……半月前に失踪した女子大生の話か?」
「そういえばその子、ちょっと前に保護されたみたいね」
「えっ、あの子見つかったんですか?」
「四鏡村近くの森で倒れてたらしいわよ。今は検査入院中じゃないかしら」
「お前はお前でどこからその手の情報を仕入れているんだ……」
「ツテがあるのよ」
そのツテが何なのかを照島さんは知りたいんだろうな、ということは黙っておこう。
「あーでも良かったぁ、無事に見つかって……」
「そういえば失踪の情報が入ってすぐの頃からその子のことをとても心配してたわね」
「確か親族の知人、だったか?」
「そんな感じですね。霊感の強い血筋の子だったし失踪した場所が場所だったんで鏡隠しに遭ったんじゃないかってヒヤヒヤしてたんですよ」
「鏡隠し……ああ、神隠しのことか」
「彼我見市特有の呼び方にはまだ慣れない?」
「慣れてたまるかこんなもの、大体この街は怪奇現象が起きすぎだ」
「学校一つに七つ怪談があるんですから街一つに十や二十怪談があっても別におかしくはないと思いますけどねぇ」
まぁそれを差し引いても照島さんの言うとおり彼我見市は怪奇現象の発生頻度が高すぎる街ではある。
その理由をそろそろきちんと説明するべきかな。
「ところで照島くん、私たちとおしゃべりをしに来たワケではないんでしょう?」
「……そうだった、さっさと行くぞ暗条」
「行くってどこにですか?」
「四鏡村跡地周辺だ。さっき話題に出た女子大生失踪の件で調査してこい、とのことだ」
「おおこれぞまさしく渡りに船、これは急いで行くしかないですね」
「ついでに鏡送りのことも調べてきてもらえないかしら?」
「んー、善処はします」
見つかれば御の字、見つけられなくても後呂江さんの性格的に仕方ないの一言で割り切ってもらえるだろうな。
「余計な仕事を増やすな後呂江、暗条も乗り気になるんじゃない」
「大丈夫ですよー、ちゃんと全部片付けますから」
「そういう問題じゃ……」
「ほら置いてきますよー」
「少しは俺の話に耳を貸せ!」
「いってらっしゃーい」
ひらひらと手を振る後呂江さんに見送られながら俺は怒鳴り声を上げる照島さんと共に特務零課のデスクを後にする。
ここでの日常的な風景だ。
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