京都アニメーションを襲ったテロについて

隅田 天美

『オリジナル』とは?

 二千十九年七月十八日。

 アニメーション業界で不動の地位にある京都アニメーション、通称京アニが青木という男に放火され多くの犠牲者を出した。


 私自身は『涼宮ハルヒの憂鬱』などは未見であるが、アニメ制作の下請けとして『紅の豚』などジブリ作品などを手掛けていることを知り驚いた。


 さて、容疑者は「俺の作品をパクりやって!」と叫んだという。

 

 この言葉を聞いてドキリっとした人はいるだろうか?

 私はした。

 

 私の小説に『石動肇』という男が登場するが、これ、師匠(原幌氏)から借りパクしたキャラクターだ。

 他にも拙作『WONDERFUL WONDER WORLD』は見る人は見れば「あー、このシーンは○○の××のシーンだ」と分かるかもしれない。

 それだけ、私はパクっている。

 ただ、丸々パクっているわけではなく、自分の中で消化して分析して書いている。


 学生時代や新社会人の頃は『自分の小説は絶対面白い』という根拠のない、正直半分脅迫めいた、自信というか勢いがあった。

 それを師匠や教授先生に喝破され、時には怒られた。(未だにその当時は赤面もの)

 落ち着いて小説が書けるようになったのは、ここ数年である。

 自己分析をしてみると、私の心の傷(いじめなど)への恐怖から逃げるために必死過ぎたのかもしれない。

――誰かに認められたい

――許された存在でありたい

 だから、小説家になりたかった。

 小説家なって、売れっ子になって、私を虐めていた人間を逆に虐め返そうとすら思った。

 では、そのアイディア《ネタ》は面白いものだったのか?

 思い返してみれば先ほども書いたように、ほぼパクリで無理やりくっつけている感が大きく面白いとは思えないだろう。

 むしろ、出し惜しみをしていたところすらある。

 まあ、傲慢である。


 対して『WONDERFUL WONDER WORLD』は逆である。

 確かに見る人が見れば分かるかもしれないが、十年以上練り考え、自分の中で面白いと思っていること、やりたかったことをほぼすべて出し切った作品である。

 だから、書き上げたとき、実に清々とした気持だった。(まあ、この後に修正などがあるのだが)

 もちろん、本音を言えば自信作だから誉めてほしいしレビューやPVもたくさんほしい。

 でも、大賞には落ち悔しいが誰かを虐め返そうとは思わなかった。


 私の好きな作家は言っていた。

「小説家なんて一行も書かないでも『自分は小説家です』と言えば小説家になれる商売だ」

 だから、私は書く。

 将来、小説家になれてくても文章や小説は最高のエンターテイメント娯楽だということを知っているから。

 もっとも、それに気が付いたのはつい最近。

 それまでは、『なろう=復讐』が強かった。


 作家になりたいあなたに言う。

 書け。

 書いて書いて自分で何が不足しているかを知り、何で補えるかを考えてやってみよう。

 流行り物に乗るだけではない。

 自分の本当に書きたいものは何なのか?

 相手に伝えたいことは何なのか?

 などなど考えることは山ほどある。

 言い訳している時間はない。


 最後に。

『容疑者は精神障碍者』という一部報道もあるが未だ真偽は定かではない。

 ただ、仮に精神障碍者であってもそれ相応の罰を受けてほしいと考えている。

 正直、今回の事件はオウム真理教と同じテロ行為だと思う。

 

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京都アニメーションを襲ったテロについて 隅田 天美 @sumida-amami

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