テンポ・ルバート
芹なずな
プロローグ
「早く帰りてぇ、全部全部、めんどくせー、つか、もう死にてぇ」
がやがやと騒がしい昼休みの教室で、後ろから、耳元で自分に向かって発された言葉をキャッチして、後ろを振り向く。
「って、思ってたでしょ。そういう顔、してた。でもね、ダメだよ、折角ピアノ頑張ってるのに。今死んじゃったら勿体ないよ」
「……、俺の死にてぇは、最近つまんねーな、と同義だし、ほんとに死にやしねぇよ。つか、人の心読んでんじゃねー」
「いやぁ、ごめんごめん、結は分かりやすいから面白くてつい」
嘘だ、分かりやすい訳ない。よく言われる、何を考えているのかわからない、と。自分の思考なんか読んでくるのはこいつ、京くらいのものだ。けれど、多分、何も深いことを考えていないから顔に出ないだけの自分のものより、色々考えているくせに、いつだって凝り固まった、薄っぺらい笑みをくっつけた京の方が読めない。と、俺は思う。
「今はなんの曲弾いてるの、どうせコンクールの曲ばっかりじゃ飽きるからって他の曲でも遊んでるんでしょ。また聴きに行っていい?」
「…S.541」
「『愛の夢』か、結にしては珍しい選曲だね?」
「……たまには普段弾かないなのも弾かないと、上手くならねー」
今言ったのも、嘘、では無い。でも、本当は、京が好きそうだから…とは、言わなかった。京は特に気にした風でもなく、それもそうか、と納得していた。
「聴きに来るの、俺は今日、空いてる」
「僕も空いてる。じゃ、放課後音楽室行こうか」
そう言って約束した後すぐ
「猫宮くん」
と女子から京が呼ばれて、じゃ、後でね、と軽く手を振ってどこかへ行ってしまった。
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