第31話・番外エピソード:悪魔少女の見て来たもの

「寒い……」


 初めて下り立った人間界の風はとても冷たく、思わず両手で身体を抱き包んだ。私は想像以上の寒さで身を震わせながら黒のローブで身体を包み込み、魔界から人間界へ転送される前に受け取っていた地図といくつかの写真を見た。


「えっと、現在地がここのはずだから……ここを下りて行けば家があるのかな?」


 持っている地図と写真、辺りの地形を見合わせたあと、私は人間界で初の陽の光を浴びながら小高い木が生い茂る森の坂道を下り始め、こちらに用意された住居へと向かい始めた。

 そして地図と写真に記されたこちらでの住居へ向かった私は、とりあえずこれでこの寒さから解放されると思っていたんだけど、向かった先の住居はまだ誰にも契約されていないと言われ、私はその家に入る事ができなかった。


「はあっ……困ったな……」


 空にある太陽が真上に来た頃、私は人通りの多い場所で空を見つめながらこれからどうしようかと考えていた。

 こちらでの活動資金や道具は住居となる場所に用意されているはずだったから、今の私は何も持ち合わせていないし、魔界に居る家族にこの状況を伝える術も無い。もちろんこのままでいるわけにもいかないから何かをしないといけないんだけど、何も無くよく知らない世界で一人で生き残る術なんて教わってないから、正直どうしていいかなんて分からない。


 ――とりあえず街を見て回ろうかな……。


 このままでいても仕方ないし、何をしていいのかも分からなかった私は、本来の目的である勉強の為に街中を歩いてみる事にした。


「――人間界の街は本当に高い建物が多いなあ」


 街を見て歩く事しばらく、私はそんな事を呟いた。魔界には人間界にある様な高い建物はあまり無い、そんな物を建てると空を飛ぶ種族の邪魔になるから。

 人間は空を飛べない代わりに高い建物を建ててそこから地上を見下ろすのだと教わったけど、いったいそれに何の意味があるのかは解らない。魔界学校の授業では人間が優越感に浸る為の一つの方法だと教わったけど、高い所から地上を見下ろす事で優越感を得るなんて、人間は本当に不思議だと思う。


「それにしても、同じ様な赤い服を着た人が多いけど、あの服って人間界で流行ってるのかな?」


 そんな事を思いながら街を歩き、魔界学校の授業で習った事を思い出しながら人間や人間界の観察を続けた。


× × × ×


 見知らぬ街を歩き続け、空にあった太陽がその姿を隠した頃、私は行き着いた場所にあった長い椅子に座って膝を抱えていた。


「お腹空いたなぁ……」


 当てもなく歩き続けた私は、体力も気力も尽きていた。

 もちろんこうなる前に何人かの人間に助けを求めてみたけど、その誰もが私の事を無視した。いや、中には私に声を掛けて来る人間も居たけど、それは例外無く全て男性で、その誰もが嫌な雰囲気を纏っていた。言葉では優しい事を言っているけど、その言葉が見え透いた嘘である事はなんとなく分かった。私はそういう事には敏感だから。


「――君、震えてるけど大丈夫? 体調でも悪いの?」


 小さく白く冷たい物が空から落ち始めてしばらくした頃、強まる寒さに身を震わせていた私の耳にそんな言葉が聞こえてきた。その声は今まで聞いたどんな人の言葉より優しく、何の曇りも感じさせなかった。

 だから私はゆっくりと顔を上げ、その言葉を掛けて来た人物の顔を見た――けれどその人が手に持っている袋から美味しそうな匂いがするのが分かり、私は思わずその袋に目を向けてしまった。


「……余計なお世話だったかな? ごめんね」


 私が黙っていたからか、その人は踵を返して背を向け始めた。だから私は思わずその手を掴んでしまった。


「えっと、何か?」


 突然手を掴んだ事に驚いたらしく、その人は私の事を怪訝そうな表情で見ていた。自分でもどうしてそんな事をしたのかちゃんとは分からないけど、お腹が空いていたからとか、これ以上一人で居たくなかったからとか、不安だったからとか、この人の言葉が嘘ではないと思ったからだとか、そんな色々な思いがごちゃ混ぜになっていたのかもしれない。

 だけどそんな思いをしっかりと伝えられる言葉が見つからず、私は相手を掴んだ手に視線を落とした。すると思いがけず私のお腹から空腹を知らせる音が鳴り、その事で私は更に顔を俯かせてしまった。


「お腹空いてるの?」


 突然の質問に対し、私は掴んでいた手を離してから小さくだけど素直に頭を縦に振った。するとその人は持っていた袋から白く丸い物を取り出し、それを私に差し出してきた。

 この寒空の中で差し出されたそれはゆらゆらとした湯気を出していて、とても温かく美味しそうだった。そして空腹も限界に来ていた私は素直にそれを受け取り、その温もりを手で感じながらその食べ物を食べ始めた。


「それじゃあ、気を付けて帰りなよ?」


 その人は空腹を満たしている私にそう言うと、踵を返してどこかへと向かい始めた。そしてそれを見た私は、あの人なら私を助けてくれるかもしれない――と、そんな事を思ってその人のあとを追って行った。

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