第16話・別れても笑顔で
「ただいま」
「お帰りなさい、先生」
「わんっ♪」
今日もいつもの様にシエラちゃんとリリーが出迎えてくれたけど、この光景もこれが最後かと思うと寂しさが増してくる。
「シエラちゃん、これから一緒にリリーの散歩に行かない?」
「うん、リリー、散歩に行くよ」
「わんっ♪」
しょっていたリュックを玄関先に置き、俺はシエラちゃんと一緒にリリーの散歩へと出掛けた。
「先生、リリーのご飯がもう無くなるから、明日買いに行って来るね」
リリーとの散歩を始めてすぐ、シエラちゃんがにこやかな微笑みを浮かべながらそう言った。本当ならその微笑みに癒しを感じるところだけど、今だけはとてもそんな気分になれない。
――言わなくちゃ、リリーの飼い主が見つかったって。
「あ、あの、シエラちゃん、リリーの事なんだけどさ」
「何?」
「実はその……飼い主が見つかったんだよ」
「えっ?」
その言葉を聞いたシエラちゃんは、途端に進めていた足を止めた。
「それでその……今日の二十一時頃に飼い主が引き取りに来る事になってるんだ」
「それじゃあ、リリーとはもうお別れなの?」
「そうだね……」
「そっか……」
その顔から微笑みが消えると、シエラちゃんはその場でしゃがみ込んでからリリーの頭を撫で始めた。
「リリー、飼い主が見つかったからお家に帰れるよ。良かったね」
良かったね――とは言っているけど、その表情はとても寂しげで、俺はそんな表情のシエラちゃんを見ている事ができずに顔を逸らした。
「……シエラちゃん、これが最後になるんだから、しっかりとリリーの散歩をしてあげよう」
「うん……」
元気の無い返事をするとシエラちゃんはゆっくりと立ち上がり、再び散歩コースを歩き始めた。本当なら今までの思い出なんかを語りながら散歩をしたかったんだけど、シエラちゃんは目に見えて落ち込んでいたから話し掛け辛く、散歩の途中でも数回しか言葉を交わせなかった。
そしてのんびりと歩いた散歩から自宅前へ戻って来ると、そこに一台の高級車が止まっていて、中から一人の可愛らしい黒髪少女が出て来た。
「リリー!」
「わんっ!」
リリーの名を呼んだ黒髪少女を見た途端、リリーが元気に声を上げた。するとその少女はリリーを見てこちらへと駆け寄って来た。
「シエラちゃん、リリーのリードを外してあげて」
「うん……」
「リリー! 心配してたんだよ?」
「わんっ!」
リードを外されたリリーは飼い主の少女が差し出した両手の中へ入り、そのまま抱き上げられた。
――それにしてもこの子、シエラちゃんによく似てるな。
身長こそシエラちゃんより低いけど、その見た目はシエラちゃんにとても似ていた。もしかしたらリリーは、この飼い主に似ていたシエラちゃんを頼ってついて来たのかもしれない。
「あの、リリーを保護してくれてありがとうございます。今日はお礼の言葉だけで申し訳ありませんが、後日改めてお礼をさせていただきます」
車や服装、言葉遣いを考えても良いところのお嬢さんなのは分かるが、小さいわりにしっかりとしていてちょっとビックリした。
「あ、いえ、お礼なんていいですよ。こっちもリリーのおかげで楽しかったですから、ねっ? シエラちゃん」
「…………」
シエラちゃんは抱き抱えられたリリーを見つめたまま、何も返事をしなかった。きっと気持ちの整理が追い付かず、言葉が出てこないのだろう。
「では、今日はこれで失礼させていただきます」
「あっ……」
「あっ! リリー!?」
リリーを抱えた飼い主が踵を返して車へ向かい始めた途端、シエラちゃんはその背中に向かって短く声を上げた。すると抱えられたリリーが横から顔を出し、飼い主の手から下りてシエラちゃんの方へと向かって来た。
「わんっ!」
「リリー……」
シエラちゃんの足元まで来たリリーが声を上げると、シエラちゃんはゆっくりとしゃがみ込んでからその頭を優しく撫でた。
「元気でね、リリー」
「わん……」
そう言って撫でていた手を引っ込めると、リリーは小さな声を上げてから飼い主のもとへと戻り、そのまま車に乗って元の家へと帰って行った。
× × × ×
「ただいま」
「お帰りなさい」
リリーが飼い主のもとへ帰ってから九日が過ぎ、俺達の生活はリリーが居なかった頃の日常へと戻りつつあった。
――まだ落ち込んでるみたいだな……。
リリーが居た時は明るい笑顔をよく見せていたのに、今は寂しそうな表情を見せる事が多くなった。短い間だったとはいえ、それだけリリーの存在が大きかったという事だろう。
「シエラちゃん、リリーが帰って寂しい?」
「うん……」
「そっか……でもリリーはシエラちゃんのおかげで幸せだっただろうね」
「そうなの?」
「もちろんだよ、だってシエラちゃんもリリーも、一緒に居る時は凄く幸せそうだったから、だからそれは俺が保証するよ。だからシエラちゃんも元気を出さなきゃ」
「そっか……それなら良かった」
シエラちゃんはそう言うと、本当に小さくだが微笑みを浮かべてくれた。
俺の言葉は気休めと言えばそれまでだけど、その言葉に嘘は無い。だからシエラちゃんには笑顔でいてほしいと思った。
「そうだ、シエラちゃん、これから一緒に散歩に行かない?」
「先生と散歩?」
「うん、最近犬の散歩をしてる人がよく来てる公園を見つけたから、一緒に行って撫でさせてもらおうよ」
「撫でさせてもらえるの?」
「シエラちゃんならきっと大丈夫だよ」
「……先生、いつもありがとう」
「ははっ、なんだか照れるな……さあ、行こっか」
「うん」
こうしてリリーと過ごした思い出を胸に、俺達は散歩へと出掛けた。
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