第2話・悪魔少女の悪魔的策略

 聖夜に悪魔を自称する黒髪ロリ巨乳少女と関わってしまった俺は、訳あってその少女を一晩泊めることになってしまった。

 本来ならすぐにでも警察に引き渡すのが筋だと思うが、今のご時世、至る所に疑心暗鬼が満ち溢れているから、届け出たところで俺の言い分全てを信じてもらえるとは思えない。むしろ話の内容的に、俺が誘拐しただのそそのかしただのと、あらぬ疑いをもたれる可能性は高い。ホント、世知辛い世の中になったもんだ。


「さてと、どうすっかな……」


 寝不足の目をしぱしぱさせながら、狭い部屋の布団で眠る自称悪魔少女に視線を向ける。

 昨晩、玄関前で突然倒れた少女を休ませようと咄嗟に部屋へ引き入れた俺は、普段使っている布団にその少女を寝かせたわけだが、もちろん同衾どうきんなどはしていない。そんなことをすれば警察のお世話になるのは自分だと理解しているからだ。

 六畳一間、小さな台所とトイレ付きの風呂無し物件、それが俺の住むボロアパート部屋の間取りだが、人が一人増えるだけでこうも狭く感じるものなのかと、一人暮らしでは分からなかった感想を抱いていた。


「腹減ったな、何か買いに行くか」


 昨晩からパソコンでネット動画を見続け、気が付けばもう朝の十時を過ぎていた。朝食には遅いけど何も食べないわけにはいかないので、コンビニへ買い物に行く準備を始めた。


「おっと、これは片付けとかないとな」


 出掛ける準備を済ませたあと、俺は部屋にあるエッチな本を拾い上げ、まとめて小さな机の下へと仕舞い込んだ。買い物へ行ってる間に少女が目覚めてこんな本が散らばってるのを見られたら、気まずくなるのは目に見えているからだ。

 こうしてエッチな本の仕舞い忘れがないかを確認した俺は、少女が目を覚ます前に買い物を済まそうと家を出た。


× × × ×


 コンビニで買い物を済ませて戻ると、寝ていた少女は布団の上に座り何やら本を読んでいた。


「目が覚めたみたいだね、体調はどう? 大丈夫?」

「うん」


 俺を見て小さく頷いた後、少女は再び本へ視線を落とした。

 昨晩も受け答えがかなり端的だったけど、もしかしたらこの子は必要以上に喋らないタイプなのかもしれない。まあ、それ自体もこの子の設定って可能性はあるだろうが。


「何読んでるの? って、ちょ!? 何でそんなの読んでるの!?」

「ここの下にあったから」

「駄目だよそんなのを読んじゃ!」

「どうして?」

「どうしてって……それは大人が読む本だからだよ、だから君みたいな子供が読んじゃ駄目なの」


 俺は少女が持っていた本を素早く奪い取り、小さな押し入れの中へ放り込んだ。


「私は子供じゃないよ、多分あなたより年上」

「俺より年上? 君、歳はいくつなの?」

「昨日で127歳」

「127!? あ、あのさあ、そういう設定はもういいから本当の歳を教えてくれないかな」

「嘘なんてついてないよ」

「うーん……まあいいや、とりあえず飯を食べよう、お腹空いてるでしょ、君の分もあるから一緒に食べよう」

「いいの?」

「ああ、いいよ」

「ありがとう」


 これまで表情を変えなかった少女が、初めてにこっと微笑んでくれた。そしてその微笑みを見た俺は、柄にもなくドキッとしてしまっていた。


「そう言えば君、名前は何て言うの?」

「シエラ・アルカード・ルシファー」

「へえー、見た目は日本人みたいだけど、両親のどちらかが外国人とか?」

「ううん、お父様は魔界の大悪魔で、お母様はヴァンパイア」

「えっ?」


 ――厨二病ってのはこんなに酷いもんなのか? 自分だけじゃなくて両親にもそんな設定付けをするもんなのか?


「あー、えっと、シエラちゃんはどうして家出なんてしたの?」

「私、家出なんてしてないよ」

「だったらどうしてこんな町まで来たのさ」

「私は悪魔学校の成績が悪かったから、お父様に『人間界で勉強をして来い』って言われたの」

「ああいや、そういう設定の話はもういいから、ちゃんと話を聞かせてくれないかな」

「さっきからあなたの言ってることが分からない、設定って何?」

「自分のことを悪魔とか言ったり、両親が大悪魔だとかヴァンパイアだとか言ったりしてることだよ」

「もしかして、私が悪魔って信じてないの?」

「信じるも何も、この世に悪魔なんているわけないでしょ、まあ今は人間の方が悪魔みたいだけど」

「でも、私が悪魔なのは本当だから……」


 そう言うと少女はとてもしょげた様子を見せた。この少女の悪魔設定には何か深い事情があるのかもしれないけど、仮にそんなものがあったとしても、それを俺が知るよしはない。


「事情はよく分からないけど、それを食べたらちゃんとお家に帰るんだよ」

「お父様の許しがないと魔界には帰れない」

「だからってここには置いておけないよ」

「どうして?」

「君をここに置いてたら俺が世間から白い目で見られるからだよ」

「私がここに居るとあなた困るの?」

「そうそう、だから素直にお家に帰りなさいな」

「……分かった」


 少し考えるような素振りを見せた後、少女はスッと立ち上がり玄関へ向かい始めた。


 ――やっと分かってくれたのかな。


「私、今から外で叫んで来る『この家の人に誘い込まれた』って叫んで来る」

「ちょーーーーっと待ったああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

「何?」

「そんなことしたら俺が破滅するでしょうが! 何考えてんの!?」

「だったら帰れなんて言わない?」

「うぐっ、それは……」

「そう、それじゃあ叫んで来る」

「分かった! 分かったからそれだけは止めてくれっ!!」

「それなら良かった」


 少女はそう言うとまた小さく微笑みを浮かべた。


 ――くそっ、この小悪魔め。


 こうして俺は自称悪魔少女に脅され、しばらく寝食を共にせざるを得なくなってしまった。

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