第3話幼い少女の問い掛け


「女王様……」


 俺が森の中で魔王からの独立に向けた考えを纏めているとそんな声と共に一匹の少女の黄金獅子王が話し掛けて来た。



 体は小柄。下半身は獅子だが、上半身は人間の少女のように小柄な体躯に可愛らしい顔つきをしている。



 ライナの妹のライファスだ。ライナとは幼馴染ということもあり、その妹のライファスとも顔見知りの仲であった。


「ああ、ライファスか。どうしたんだ? お姉ちゃんとは一緒じゃないのか?」


 俺は思わず笑みを向けてライファスにやさしく語り掛ける。ライファスは「今日は一人です」と言った。


「女王様はいつも忙しそうにしていらっしゃいますね」

「これでも一応、獅子族の長だからな。あまり怠惰を貪るのもな」


 笑みを浮かべたまま俺は言葉を返す。

 幼い少女のライファスは自然と相手を笑顔にさせてしまう力を持った身であった。



 力こそが正義の獅子族の中でも彼女は多くの獅子たちに可愛がられている。俺もライファスに気を許しているとライファスはとんだ爆弾を投下した。


「女王様。魔王様から独立するというのは本当なのですか?」

「なっ……!」


 思わず答えに困る。

 俺が魔王からの独立を企んでいる事は親しい黄金獅子王族、たとえば彼女の姉のライナなど、には打ち明けている事だ。



 だが、幼いライファスのような相手には知らせていない。



 「その話をどこで?」と俺が訊くとライファスは「お姉ちゃんが心配そうに独り言を言っているのを聞きました」と答える。



 そうか、ライナめ……妹に聞かれるとは迂闊な。


「その話を誰かにしたのか?」

「いえ、誰にも。今、女王様に訊いたのが初めてです」


 ライファスの言葉に安心する。イタズラに言いふらされたりしていい話ではない。しかし、この幼い少女に知られてしまったか。


「女王様、本当に魔王様から独立するつもりなのですか?」


 再度、ライファスに訊かれる。

 しらを切る、という手もなくはなかったが、それをすればこの少女は他の獅子たちにこの話をしてしまう恐れもある。



 俺は真剣な表情を作ると「いずれは、そのつもりだ」と頷いた。


「何故ですか?」


 当然の問いだろう。

 ライファスのような幼い少女にも疑問として浮かぶ事なのだろう。



 これまで俺たち獅子族は魔族の王、魔王の傘下にいる事で発展して来た一族だ。



 それが魔王の庇護を抜けて独立し、あまつさえ、その魔王と敵対するというのは。


「我々はいつまでも魔王の下に付いているべき存在ではない。我々は独立し、自らの王国を築き上げる。ライファス。これはそのための第一歩なんだ」


 野心に満ちた言葉にライファスは納得のいかなさそうな顔をする。

 彼女のような小さな女の子にはまだ俺の野望を理解するには少しばかり早すぎるか、と思う。


「それは正しい事なのですか?」

「正しいか、正しくないかは俺でも少し分からない。だが、魔王の下に付いている現状に我慢ならない、というだけの話だ」

「では、人間の側に付くのですか?」

「それも違う。俺たちは魔王にも人間にも付かない。獅子の王国を築くんだ。そのどっちもにも付かずに、な」


 幼いライファスは俺の言葉をどれくらい理解しただろうか。

 幼い少女なりに難しい顔を作って、俺を見据える。俺はそんなライファスに笑みを向けた。


「信じてくれ、ライファス。これが獅子族の未来のためになる事なんだ」


 そう言い、ライファスを見つめる。ライファスはしばらく俺を見ていたが、やがて、笑みを浮かべた。


「分かりました。女王様が決めた事ならライファスはそれを信じます。それがきっとわたしたちにとっていい事なんでしょう」

「ああ。後、この事はあまり言いふらさないでくれるとありがたいんだが……」

「分かっています、女王様。ライファスは小さいですが、それくらいの事は分かります」


 ライファスの言葉に胸を撫で下ろす。

 とりあえず、これで不要に情報が拡散される事態は防げたか。



 それにしてもライファスのような幼い少女を完全に納得させられたか否か。



 そうしているとライファスの姉で俺の幼馴染・ライナがやって来る。ライナはライファスを見ると「こら、ライファス」と叱り付ける口調で接した。


「ライオは……女王様は忙しいんだから、遊んでもらったりしたダメでしょ?」

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「いや、いいよ。遊んでいた訳でもないしな」


 遊んでいた訳でもないと言う言葉にライナはキョトンとした顔になる。



 まさか、こんな幼い少女に魔王からの独立の是非を訊ねられ、答えていたなどとは言えない。



 ライナに促され、ライファスは引き下がっていき、そうして、残ったライナと俺は話をする。


「魔王からの独立の件だが」


 俺の言葉にライナは表情を引き締める。これが獅子族の存亡に関わる大事なのはこの計画を知っている者全ての共通認識だ。


「ラーバルオの策の通りに行くのなら人間たちの城……コーレイグルの町の先、コーラシュマーの城を占拠し、そこに獅子族の大半を移した後、宣言する事になるな」

「その城を拠点に魔王とも人間たちとも戦うのね」

「そういう事になる。この事は同志たちに伝えてもらいたい」


 ライナは頷く。

 コーラシュマー城がしばらくの拠点だ。無論、魔王軍とも人間軍とも戦いだけをするつもりはなく、交渉事も行うつもりでいるが、独立を宣言して最初は戦いは避けられないだろう。



 特に魔王軍は自分の傘下から抜けようとする獅子族を許さず、軍勢を送り込んで来るはずだ。



 それと戦い、勝利せねばならない。俺は覚悟を決める。俺はとんでもない事をやろうとしている。



 その事を再認識する。

 魔王の傘下にあった一族を総出で魔王に反旗を翻させ、独立。一族の存亡に関わる大事だ。



 だが、魔王の下にいつまでも付いておく事も出来ない。我ら黄金獅子王族は独立し、自らの王国を築き上げるのだ。



 そのためにこの独立劇はやらなければならない事だ。


「すまないな、ライナ」


 突然の俺の謝罪。ライナは何を言われたのか分からない、という風に目を瞬く。


「こんな大きな事に付き合わせてしまって……心労もあるだろう」


 ライナを気遣っての言葉だったが、ライナは笑みを浮かべた。


「女王様が何を言っているのよ。貴方がこれが黄金獅子王族のためになると決めた事なら私は黙って従うだけよ。何も気にする事はないわ」

「そうか……。そう言ってくれると助かる」


 野心を燃やし、魔王からの独立を選ぶよりはこれまで通り、魔王の配下の座に甘んじていた方がいいのではないか。



 それは魔王からの独立を願うようになってから常々、脳裏をよぎっていた事だ。



 だが、それもこうして肯定してくれると決断が着く。



 俺たちは独立する。

 黄金獅子王族は天下に覇を唱えるのだ。そのために魔王にも人間にも所属せず、独自の勢力を築き上げる。



 俺はその決意をさらに固める。



 そのためにもまずは再び人間との戦いだ。コーレイグルの町を再び攻め、突破。そして、コーラシュマーの城を攻城戦の果てに奪取しなければならない。



 そうして、城を手に入れた俺たちはその時こそ独立の宣言をするのだ。



 コーラシュマーの城の奪取は困難を伴う事が予想された。

 俺たち獅子族は野外での戦いには人間などには遅れを取らないだけの強さを秘めているが、攻城戦となると勝手が異なる。



 厄介な戦いになる事だろう。

 それでも獅子族の独立のためには城を手に入れる事が必要な事だ。



 ラーバルオと共にその辺りの策は練る事にしよう。今はこの事を無事果たす事だけを考えるべきだ。



 その後の魔王軍との戦いの事は一旦、後回しだ。



 俺は自らの体を見る。胸が大きく膨らんだ女の体。それでも全身の筋肉は引き締まっていて、四足獣の下半身もあり、人間だった頃とは比べ物にならない屈強な体を俺は持っている。



 同じような屈強な体を持った軍勢を率いる身だ。やれるさ。俺はそう思うのだった。

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