第19話 気持ちとパンツは一心同体①

 落ち着かない。

 胸の中が騒がしいのでそこに全神経を集中させてみた。……心臓の鼓動が聞こえる。

 しかしその響きは普段のやわらかいゆっくりとしたメロディーとは相反して、激しく地面に叩きつけられる豪雨染みたものだった。限界にまで速く波を打った不愉快な音はいつ外に飛び出してもおかしくはないぐらいにまで高鳴っている。

 早くおさまってくれと自分に言い聞かせてみるが中々言うことを聞いてくれない。

 それも当然。

 その原因であろうはずの人物は俺のすぐ隣に座って呑気にあやとりをしていたからだ。


「これがはじごで…………これがちょうちょさん………………そして……………………これが東京タワーです!」


 普段から自由気ままなその姿は普段と何ら変わりない。それが今あるこの場の雰囲気を…………というか俺の中だけにあるリズムを適当に掻き乱していった。


「あぁ」


 覇気のない声が俺の口から零れる。

 それを聞いてか凪の表情がだんだんと歪んでいく。


「リアクション薄くないですか!? この前から一人で地道に練習を積み重ねていたんですよ!?」


「あぁ」


「もっとちゃんと褒めてください!」


「あぁすごいな」


「何だか今日の宗次さんおかしいです。いつもと全然違います」


(………………昨日あんなに恥ずかしがっていたのに全然いつも通りなのは何故だ……あれはただの俺の思い過ごしだったのか?)


 昨夜の出来事を思い出しながら考えてみるが今ある現状のせいで上手く頭が働かない。もどかしい気持ちが全身を通って不思議と不安、二つの念を更に上昇させていく。


 分からないことだらけの状況の中、ふと凪を見てみると落胆した表情になっていた。


「折角頑張ってきたのに……」


 しょぼんと肩を縮こませて下を俯くその姿に俺は考えさせられる。


(何してんだ俺は。今こんなにも凪が楽しそうにしているのにそれを悲しませるような事をしてどうする)


 曇った考えを吹き飛ばすかのように心の中で自分に向けて喝を入れた。


「いや、違うんだ。ただ本当に凄くて見とれていただけで、どうやったらそこまで出来るのかと考えていたんだ。もっと色んなものを見せてくれ」


「そ、そんなに言われてしまうとちょっと照れてしまいます……でも期待に応えて私の奥義、特別に見せちゃいます!」


「おう」


「いきますよ〜」


 そう言うと凪は持っていたあやとりを手全体を使って動かしていく。その動作で大体何を作っているのかは分かったがあえて口を挟まないことにした。

 そして最後の締めであろう動きは両手をパンと音を立てて合わせるもので、それを広げて中から出てきたものは……


「ほうきです!」


 誰でも出来そうなあやとり初級レベルのものだった。


「さっきのやつより難易度下がってないか?」


「これが私の持っている技の中で最高の完成度です!」


 誇らしげにそれをこちらに見せびらかしてくる。


「そうか……あれだな……何か……すごい」


 何と声をかけていいか迷ったが一応褒めておくことにした。

 しかしここで俺は何故凪相手にこんなにも下手に出ているんだと思い返された。


「えっへん! これで世界一も夢じゃないですね」


 調子にのる彼女を見て抑えていた気持ちがそのまま顔に出る。それと一緒に今思っている一言を聞かせてやった。


「そうだな、それで世界一を狙おうとするアホさ加減では誰にも負けてないな」


「なっ、なんですとぉ!」


「ちょっと貸してみろ」


 俺は凪の手からあやとりを奪い取る。


「宗次さんにはこれ以上の技は出来ません!」


 歯ぎしりをしながらこちらを見つめてくる彼女を尻目に俺は指を円滑に動かしていく。

 そして何の困難もなく数秒で出来上がったのは


「ほら、ダイヤだ」


「えっ、どうして出来るんですか!?」


「俺も小さい頃にしていたからな」


 まぁそう言っても一時間もせずにすぐ飽きてしまったのだが。


「ま、負けてしまいました……」


「まぁ悪くはなかったがもう少し経験を積むことだ」


 優越感に浸りながらふんっと鼻息を鳴らすと凪が「うぅ」と口ごもりなが項垂れ床に手をついた。


 するとパーカーのポケットから何か落ちくるのが目に見えた。

 それには見覚えがある。というか昨日から脳に焼き付いて離れなかったものだった。

 清潔感のある白い色をしたーー


「パンツ」


 再び見る事になろうとは思ってもみなかった。

 急いでそれが凪の手によってポケットへと戻っていく。


「………………見ましたか?」


 下を俯いて顔の様子が伺えない彼女にそう聞かれた。


「いや見ていない」


 先程はっきりと口に出してしまったので少々無理もある気がしたが知らん顔して目を背けた。


「絶対に見ましたよねっ!! さっき声に出してましたもんっ!! なんで見るんですかっ!!」


 やっぱり聞かれていた。


「し、仕方ないだろ! 今のは不可抗力だ! それに昨日も同じような事があったけどさっきまで何ともなかったじゃないか!?」


「き、気にしないようにしていたんですっ!」


「俺はずっと気になって落ち着かなかったんだよ!」


「あーも恥ずかしいですっ! こうなったら宗次さんのパンツも見せてくださいっ! それでおあいこです!」


「嫌に決まってるだろ!」


「見せろぉぉぉおおお!!」


 すると凪は興奮した口調で俺を押し倒してきた。


 ズボンが下へと引っ張られていく。

 懸命に抵抗するが火事場の馬鹿力というやつか思った以上に力が強く、パンツまでずり下げられそうな勢いだった。


「ストップ!! ストップ!!」


「みーーせーーろーー」


 しかし凪はそれに気づいた様子もなくただひたすら目を瞑って思いっきり引っ張り続けた。



 俺達二人の一進一退の攻防が数秒続いたくらいか…………リビングの扉が何の音沙汰もなく急に開いた。

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