第17話 このあと、豊臣秀吉が天下を統一する
マリアがはーっとおおきくため息をついた。
「おい、信長。おめー、まさかここで死ぬつもりじゃねーだろうな」
「マリアどの、致し方ない。こちらは百人……。さすがの信長も一万あまりの兵を相手に勝ち抜けると思うほど、己を知らぬわけではない」
「ばーか。おまえがどうくたばろうと知ったことじゃないがな、こっちはそこの若い女を助けにきたんだ。とりあえず、おまえを今死なせるわけにはいかねぇーーんだよ」
「そうですよ。勝手に死なれては困ります」
エヴァもたまらず、信長を説得しようとする。だが、信長の顔つきはすでに、自分の行く末を己で決めた、覚悟に充ち満ちていて、容易に翻意できそうもないように見えた。
「セイさん、あなたからもなんか言ってください」
エヴァからそう促されて、セイはおおきく嘆息した。
「エヴァ、マリア、あきらめよう。仕方ないよ」
「おい、セイ、貴様、なにを……?」
マリアが
「だって、この
「なにぃ!」
信長がセイを睨みつけた。殺意がむきだしになったようなギラつく視線に、セイはからだが
さすが、織田信長——。
ひりひりと心臓の奥底まで焦がすような、おそろしいほどの眼力を肌で味わいながら、セイは事もなげな口調で信長に言い放った。
「このあと、豊臣秀吉が天下を統一する」
そのひとことに辺りの空気が凍りついた。驚愕という表現では生ぬるいほどの衝撃に、だれもが思考をとめられ、身じろぎもできなくなっていた。
だが、ひとり、信長だけはちがっていた。先ほどのセイへの怒りの発露など、子供の癇癪程度と思えるほどに信長の顔色はみるみる変わっていった。
からだは憤怒でがたがたと震え、その姿はまるで鬼神だった。『怒髪、天をつく』という表現がこれほど似合う男はいない、とセイは感じた。
「ひ・で・よ・し・だとぉ……」
信長の口元から、呪詛のように「秀吉」の名前が漏れ出してきた。
「えぇ、
信長の形相が、鬼神のごとく歪んだ。
「あの猿がきゃ……。あの足軽のハゲネズミが、天下人になるのきゃ」
「物分かりが悪りーな、信長。セイは、さっきから何度も言ってる……」
「太閤秀吉様とな」
マリアが残酷な笑みを浮かべながら言った。セイの意をすぐに察したらしい。
「秀吉様の『安土桃山時代』は絢爛豪華な良い時代になるんですよーー」
本人はまったく自覚していないようだったが、エヴァもさらに火に油を注いでみせた。
その時、城の入り口のほうで、なにやら言い合いをする声が聞こえてきた。
「さぁ、信長さん、時間だ。光秀軍の第一陣がここに流れ込んでくる」
セイがそう言うと、すぐにあわただしく廊下の床を踏みならして、数人の女が走り込んできた。
「御屋形様、大変です」
「
「はい。その少年の申す通り、桔梗の旗です。光秀めが謀反を!」
信長はセイのほうを振り向いた。セイはゆっくりと、諭すように、そして有無を言わさず決断を迫るような口調で言った。
「で、ここで
信長は黙したままだった。
「御屋形様、どうなさいま……」
森蘭丸は信長の顔をのぞき込んだ途端、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
ゆっくりと顔をあげた信長の顔は、まさに悪鬼のように歪んでいた。
「是非に…」
「是非に及ぶ、わぁ!」
「
そのことばを聞いてセイはマリアとエヴァに指示をとばした。
「エヴァ、きみはぼくと一緒に敵を迎え撃って。マリア、きみは信長さんとかがりの護衛をお願い!」
マリアは当然のように、その指示に異議をとなえた。
「おい、セイ。なんでオレが護衛だ」
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