第15話 ぼくらは四百年以上も未来の日本から来ました

「おい、信長。そこの女と話をさせろ」

 マリア・トラップだった。

 だれもがその存在そのものに気圧けおされているはずだったが、マリアだけは、そんなことはどこ吹く風とばかりに、いつもの調子で話かけた。

「そこの稚児、御屋形様になんという口を利く」

 家臣のひとりが腰の刀の柄に手をやりながら、大きな声で叱責した。子供であってもすぐに斬る、という決意が見て取れた。


「今、口を開いたそこのヤツ、おまえ誰だ?」

「わたしは、森蘭丸。信長様の……」

「おい、おまえ、次、オレを稚児呼ばわりしたら、叩き斬るぞ」

 先ほどから、散々、稚児呼ばわりされていて、マリアの沸点はかなり低くなっているようだった。初対面にもかかわらず、すでに臨戦態勢。あまり良い状況とは言えない。

「マリア、もめ事はあとまわしで頼むよ」

「おい、セイ、貴様だって今さっき、ひと悶着起こしたんだ。オレにもすこし暴れさせろ。不公平だ」

 そう言うなり背中の鞘に収めていた、大剣をぬっと引き抜き、目の前に身構えた。


「な、なんと、あんなおおきな剣を!」


 驚きの声を真っ先にあげたのは、信長だった。小さな女の子が、大男でも振り回せるかという剣を、いともたやすく扱っている姿を目の当たりにして、興味が湧いたらしかった。

 先ほどまでの信長の覇気の宿った眼力は、嘘のように消えていた。代わりに、珍しいものを見つけて、好奇にきらきらと煌めく少年のような目があった。


「おい、そのほうたちは何者だ?」

「ぼくは夢見聖。そして、こちらがマリア。そしてエヴァ……」

 そこまで聞いたところで、信長が背筋をすっと伸ばした。

「マリアだと……。そちらはキリシタンか?」

「違います」「そうだ」

 セイとマリアが同時に違う返事をした。マリアがそのまま会話を続けた。

「オレはキリシタンだ。だが、信長、マリアっていう名前にいちいち反応するな。こんな名前は世の中にはごまんといる」

「それよりもセイの話をちゃんと聞け。時間がない」

 

 マリアに諭されて信長がセイの方に向き直った。

「で、そちはどこから来た?」

「異世界から来ました」

「異世界から?。異国ではないのか?」


「いいえ。ぼくらは四百年後の未来の日本から来ました」

「ぼくらは、もうすこししたら、あなたがこの本能寺で死ぬことを知っています」


「な、なにぃ?」

 さすがの信長もそのことばに驚いて声が少々裏返った。


「明智光秀軍に謀反をおこされてね」


 それを聞いて信長が黙り込んだ。家臣たちにいたっては、ひざまずいたまま言葉を発せないどころか、身じろぎもできないほどの緊張感に包まれていた。かしづいた男たちの顔から汗がふきだし、顎にむかってつーっと伝い落ちて行くのが見える。


「それは本当か?」

 気力で自分の唇を引き剥がすようにして、信長が尋ねた。

「あと数分もすればわかりますよ」

 セイはあくまでも事務的な口調で言った。

「ならば、そなたは、なにをしに来たのじゃ」

「それは、まだわかりません」

「わからない?。それはどういうことじゃ」


 セイは家臣たちの輪の端のほうで、柱に身を隠すようにしてこちらを覗いている若い女性のほうを指さした。信長をはじめ、そこにいるものが一斉に彼女に目をむける。


「あの若い女性が、あなたをどうしたいと思っているか……」


 そのとき、マリアが意地悪げな口調で、補足説明をいれてきた。

「そうだな。信長、おまえの運命はあの女次第だ。あの女が親指を突き上げれば、命を助けてやる。だが、親指を下にむけたら、今すぐこいつの首を刎ねてやる」

「マリアさん、この日本ではそんなジェスチャーはありませんよ」

 エヴァがマリアの間違いをただしたが、マリアはそんな小言など聞いていなかった。手にしていた大剣の刃を、ドンと地面に突き立てると、親指を下向きにしてから言った。


「オレはぜひ、親指を下にむけて欲しいところだな」

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