第8話 聖ちゃん…、助けて……。脳が縮む

 精神へのダイブの時間まで、少々時間があるということで、四人は研究所近くのハンバーガー・ショップですこし時間をつぶすことになった。

 マリアに焚きつけられたたせいで、かがりはどうにも落ち着かない気分で、エヴァの方をちらちらみていた。その視線がさすがに気になって、エヴァがかがりに尋ねた。

「かがり、どうしたの?」

 かがりは「なんでもないよ」と手を振ってごまかしたが、マリアがドリンクをストローで、ズズッと嫌な音がするまで一気に吸い込んでから言った。

「エヴァ、かがりは、おまえに聖がとられるんじゃないかって心配だとよ!」

「ち、ちょっと、マリア。な、なに言うのよ」

 あまりにダイレクトな攻撃に、かがりはからだをおおきく前にのりだして否定した。

 そのしぐさをみて聖は、そちらからも否定して欲しいというサインと受け取ったのか、マリアのほうにからだをむけて諭すように言った。

「マリア、さっきから君は勘違いばかりしてるよ。ぼくとかがりは、いとこ同士なんだ。だから……」

 その反論をマリアが手を前につきだして封じると、ことさら嫌らしげな笑みをうかべてエヴァに言った。

「な、エヴァ、こいつほんとうに鈍感力は半端ねーだろ」

 だが、エヴァはきょとんとした類でマリアを見ていた。

「マリア、あなた、何を言ってるのかしら?」

 その反応に、マリアはできるだけ派手な音が立つように、紙コップの底をわざとテーブルに強く打ちつけた。

「かぁーーっ、エヴァ、おめーもかよ。この天然記念物どもがぁ。ちゃんと意味がわかってんの、オレとかがりだけじゃねぇか」

「ちょーっと、わたしを巻き込まないでよ」

 かがりは芝居がかった調子で反駁してみせた。こんな場でなりゆきで、濡れ衣を着せられるのは勘弁だった。しかも、それが本当は濡れ衣でないのならなおさらだ。

 その心根を見透かしたのか、マリアはうんざりした表情をした。

「かがり、元々はおまえが、聖とエヴァが潜っている間に、オレたちがデキちまうンじゃないかって心配してたからだろ」

 エヴァがそのことば尻だけとらえて、すぐに反応した。

「あら、私たちのことを心配してくれてるのね。ありがとう、かがり」

 マリアはさらにうんざりとした顔つきで、エヴァに向き直った。

「エヴァ、おまえはおかにあがると、とたんにポンコツになるな。やり手エージェントモードにもどって、金、金、言っているほうが、よっぽどおまえらしい」

「あら、マリア、聖職者があまり金のことを言うもんじゃ」

「おめえに言われたくねぇ」

 そのやりとりを見ながら聖はけらけらと笑っていた。

 聖の屈託のない笑顔を横目に、かがりは嘆息した。


 こんな笑顔みせられちゃあね……。

 冴ちゃんがむこうの世界に閉じこめられてから、聖ちゃんはずっと一人で歯くいしばって潜ってたから……。

 なんかくやしいな……。


 その時、頭の中にキーンという音叉のような音が聞こえた。一瞬、耳鳴りかなにかと思ったが、すぐに、その音が『音』ではないことに気づいた。

 だれかが、自分の頭のなかでなにかを呟いている。

 いや、呪詛のような耳障りな言霊を詠唱している……。あまりに高速すぎて高周波の音として、聞こえているのだ。

 かがりはセイに訴えかけようと、唇をうごかした。が、そのとたん、脳を無数の針のようなもので、直接突き刺されたような痛みに悶絶した。体中の毛穴から汗が吹き出し、目がかすむ。

 かがりはよろめいて、テーブルの上のドリンクを床にぶちまけた。

 まわりの人間がかがりの異変に気づいて、声をかけた。聖が真っ先に顔をのぞき込む。

 あまり見せたことがない心配そうな表情……。

 だが、かがりはそんな聖にむかって、一言しぼり出すのが精いっぱいだった。



「聖ちゃん……。助けて……。脳が縮む」

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