企画もの置場。

由希

○○PV記念小説

《蒼月1000PV記念!》はじめてのおつかい(前編)

「いい? 寄り道はしちゃ駄目だよ。エルナータはまだこの街に来て日が浅いんだからね」


 無造作に髪を跳ねさせた金髪の少年の言葉に、足首までの長い髪を垂らしっ放しにした白いノースリーブのワンピースの少女は大きく頷いた。その首には、紐で結ばれた巾着袋がぶら下がっている。


「大丈夫だぞ! エルナータは立派に役に立ってみせる!」


 少女は腰に手を当て、自信満々に大きく胸を反らす。しかしそれを見た少年は、ますます表情に不安を募らせた。


「……ねえ、やっぱり僕もついてこうか? エルナータ一人じゃ……」

「くどいぞ、リト! エルナータだって、おつかいぐらいできる!」


 少年の申し出を、きっぱりと一蹴する少女。少年は諦めたように一つ溜息を吐くと、未だ不安の拭えない顔で言った。


「……日が暮れるまでには帰るんだよ」

「ああ! いってきまーす!」


 それに元気に笑い返すと、少女は建物の入口の扉から外に出ていった。



 外に出た少女は、早速巾着袋を開くと中から四つ折りの紙を取り出し、広げる。紙には幾つかの品物名と、簡単な地図が記されていた。


「青物屋は……ええと、あっちだな!」


 地図を頼りに、少女は歩き出す。その足取りは、とても軽快なものであった。

 この少女、名をエルナータという。このレムリア国王都フェンデルには、最近移り住んだばかりだ。

 エルナータには、フェンデルに来る以前の記憶がない。フェンデルより東、バルタスという港町にある遺跡の奥にいたところを、遺跡を探索しに来ていた少年冒険者達に拾われたのだ。

 何故自分が、そのようなところにいたのか。普通なら気にするのだろうが、エルナータには特にそれを気にする様子はなかった。

 そして身元不明だったエルナータを彼女を見つけた少年冒険者達が引き取り。彼らが住み込みで世話になっている、マッサーの宿という酒場兼宿屋で暮らすようになったという訳である。


「ふふん、このおつかいをちゃんと終わらせて、エルナータは一人でも手伝いが出来るって皆に自慢するんだ!」


 常に半目の眠たげな銀色の目を光らせながら、エルナータは拳を振り上げ自らに気合を入れた。



 地図の通りに歩いていくと、やがて商店街に出る。大通りの脇には、様々な種類の店が軒を連ねていた。


「ええと、青物屋、青物屋……」


 地図と辺りを交互に見ながら、エルナータは目的の店を探す。背丈が小柄なエルナータには、辺りを見回すのも一苦労だった。


「ん?」


 その時、不意にエルナータの視界にあるものが映る。それは、赤い首輪を着けた一匹の黒猫だった。


「猫だ! 可愛い!」


 目を輝かせ、黒猫に駆け寄るエルナータ。黒猫はそんなエルナータに動じず、悠然とその場に佇んでいる。

 黒猫が逃げ出さないのをいい事に、エルナータは嬉しそうに黒猫を抱き上げた。すると黒猫は、エルナータの首の巾着袋を強くくわえ込む。


「あっ!」


 そして巾着袋をくわえたまま、ひょいとエルナータの腕から逃げ出してしまった。巾着袋の紐がエルナータの首からするりと抜け、地面へと垂れ下がる。


「こら、それはおつかいの大事なお金なんだ! 返せ!」


 慌ててエルナータは黒猫を捕まえようとするも黒猫の動きは素早く、ひらりとエルナータの手をかわして駆け出していってしまう。遠ざかっていく後ろ姿を、エルナータは急いで追いかけた。


「待てー! お金返せー!」


 黒猫は素早く路地に逃げ込み、入り組んだ道をスイスイと駆けていく。エルナータもまた、その姿を見失わないようにと必死で追いかけていく。

 黒猫を追いかけ、何度路地を曲がっただろうか。自分がどこにいるかもエルナータが解らなくなった頃、その追いかけっこは唐突に終わりを迎えた。

 辿り着いたそこは、三隅を壁で覆われた行き止まりとなっていた。その端で、黒猫は最初にエルナータが商店街で見た時のように悠然と佇んでいた。


「やっと追い付いた! さあ、お金を返せ!」

「……そこに、誰かいるの?」

「!?」


 黒猫を威嚇するエルナータだったが、その時突然聞こえてきた声に目を丸くする。誰かいるのかとすぐに辺りを見回したが、そこにはやはりエルナータと猫しかいなかった。


「誰かいるのか!? 姿を見せろ!」

「ここだよ……この壁の向こう側」


 再度聞こえた声がそう言うと同時に、右側の壁にドン、と何かがぶつかる音が響く。エルナータがそっと壁に耳をつけると、向こう側から微かだが小さな息遣いが聞こえてきた。


「お前、何だ? エルナータに何か用があるのか?」


 先程まで黒猫を追いかけていた事も忘れ、エルナータが壁の向こうに声をかける。声の主は「うん」と返し、言葉を続けた。


「お姉ちゃん、お願い。兵隊さんか冒険者さんか……とにかく大人の人を連れてきて」

「どうした? 何かあったのか?」

「僕、ここに閉じ込められてるんだ。誘拐、されたんだ」

「ユーカイ?」


 耳慣れない言葉に、エルナータが首を傾げる。何しろ今のエルナータの知識量は、生まれたての赤ん坊に毛が生えた程度でしかないのだ。普段使わない言葉が出れば意味が解らないのも、当然と言えた。


「なあ、ユーカイって何だ?」

「えっ? えっと……要するに、僕は、知らない人達にここに連れて来られたんだ」


 戸惑いつつも声の主は、その幼い声に似合わぬしっかりとした口調でそう答えた。それを聞いたエルナータは、思わず大声を上げる。


「何!? それ、大変な事じゃないか!」

「シーッ、お姉ちゃんがここにいる事があいつらにバレちゃうよ! ……だから、誰か助けてくれそうな大人を連れてきて欲しいんだ。お願い」


 エルナータの大声を咎め、声の主が続ける。そんな声の主に、エルナータは確認するように言った。


「お前……ええと、名前は何だ?」

「クリフだよ」

「そうか。クリフ、お前はここから出たいんだな?」

「うん、このままだと……お父さんやお母さんに迷惑をかけちゃうから」


 そこまで聞くと、エルナータは壁から耳を離す。そして、壁の向こうに力強くこう告げた。


「なら任せろ。エルナータがクリフをここから出してやる」

「え……お姉ちゃん?」


 声の主が再び戸惑いの声を上げた時には、エルナータは既にその場から駆け出していた。

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