17 脱走
ドン!ドン!と大きな音とともに神殿が激しく揺れる。
リースとルルリアナは立っていられず、地面に両手をついて転ばないように耐える。魔女たちはと言うと警戒するように辺りを見わたしているが、まるで数ミリ宙に浮いているかのようにまっすぐ立っている。
「ちょっと、この揺れ何?」
「リース、さっきから言おうと思っていたのですが…。どうやら私の結界を兵たちが破ろうとしているみたいで。この揺れは結界を打ち破る魔法の影響だと思います」
ドン!ドン!と大きな破裂音に負けじとリースも声を張り上げる。
「ルルリアナ!今度こういうことがあったらもっと早めに教えてくれる?」
「なんですか?聞こえません」
「だから!もっと早く教えて!」
「もう一度言ってください!」
「……後で言うね」
「え?」
「あ~~と~~で~~~」
パリンというガラスが割れるような音が聞こえ、衝撃音が鳴りやむ。それとともに神殿の扉が破壊され、なだれ込むように兵士たちが神殿へと突入する。
兵士たちは五人を包囲するように配置につき、魔法陣を素早く展開しいつでもこちらを攻撃えきるように体制を整えている。
神殿に緊張感が満ち、誰もが周囲の人間の動きに注意を払っている。
呼吸のために胸が動いただけで撃たれそうで、リースは足が震えているのを感じた。
平和な日本で生活していたリースこと里紗にとって、他人に命を狙われるのは初めての経験だった。フェンシングの試合で敵と向き合っても互いに命のやり取りを前提にしたものではない。この世界に来てからもすぐにこの学園を受験し、学園寮に入寮したためリースの異世界生活は安全だった。
それが今、大勢の兵士に命を狙われているのだ。
でも、私は後悔なんてしていない。ルルリアナをあのまま孤独にしてなんていられなかった。ルルリアナと一緒にいたい。誰にも邪魔なんかさせるもんか。
兵士が道を空けるように左右に別れ、レオザルトとディランが前に出る。
「ルルリアナ!」
「……」
ルルリアナはレオザルトの視線を避けるように俯く。
「ルルリアナ!戻ってこい!」
「ルルリアナは戻らない!」
リースがかばうようにルルリアナの前に立つ。
「またお前か!ルルリアナを離せ!」
「離せと言われて誰が離すもんか!可愛い妹をおまえのような女たらしに誰が渡すか!」
「雪の華様はお前の妹ではない!私の妹だ!それに雪の華様は由緒正しき我がソルティキア公爵家のものだ!お前のようなものと一緒にするな!」
「だったら!だったらなんでルルリアナはいつも#孤独__ひとり__#だったんだ!お前の妹なら、婚約者なら、兄弟ならもっと一緒にいて守ってやるべきだったんじゃないのか?ルルリアナをルルリアナと呼ばず、雪の華と呼ぶお前は、ルルリアナよりも雪の華の方が大切なんだろうが!」
リースの言葉にレオザルトとディランは何も言えなくなってしまう。
ルルリアナをないがしろにした婚約者に、ルルリアナを知ろうとしなかった兄―――。
「私は絶対にルルリアナを孤独になんかしない!絶対に幸せにして見せる!一緒にいて、ルルリアナが幸せになれるように導き、ルルリアナらしく生きるのを支えてやることだってできる!ルルリアナは本当にここで幸せだったのか?ここにいいて幸せになれるのか?」
「幸せにすると言っているが、どうやってここから逃げるつもりなんだ?神殿の中も外もたくさんの兵士たちが包囲しているのだぞ」
確かに神殿の中は兵士で溢れかえっており、ネズミ一匹逃げられそうにない。
「この人たちお仕置きしてもいいかしら?」
蒼し魔女はまるで緊張した様子もなく、魔法陣を展開している兵士たちを涼し気に見つめている。まるでとるに足らない日常の出来事のように傍観しているのだ。
そうだ!私にはチート課金アイテムである蒼し魔女と赫き魔女がいるんだった。…それに金の魔女という課金アイテムらしき魔女もいる。この三人がいればエギザベリア神国など地図の上から簡単に消すことだってできるんだから!
「怪我はさせないでください!」
リースが答えるよりも先にルルリアナが答えてしまう。ルルリアナの望みを無視することは簡単だったが、シスコンをこじらせているリースには難しい。
「この虫けらたちを怪我させないようにするのは本当に苦労するわ。弱すぎるのよね」
蒼し魔女がアンニュイな感じでつぶやく。
「ちょっと!世界を破滅寸前まで追い込んだ魔女が二人もいて脱出できないなんてことないわよね?」
リースが赫き魔女を見ると、赫き魔女は首をブンブン振ってリースの命令を拒否する。
「あたしには無理だよ。だって、魔力が枯渇しているみたいなんだ」
カスっと情けない音が赫き魔女の構えた腕から漏れ出る。
「やはりあなたは役に立たないようですわね」
「私だって血を貰えばあんたよりも強いのを忘れるなよ!いいから勿体ぶらずさっさとゲートを開いたらどうだ?」
「あなたに言われるとなんだか癪ね。…使うのやめようかしら」
「あれはお前が使える唯一の魔法だろう?それも使えなくなったならお前は本当にゴミだな」
「あら?あなたを黒焦げにする簡単な魔法も使えましてよ」
緊張感漂う状況だというのに、蒼し魔女と赫き魔女は喧嘩を始めてしまう。
リースはこいつら本当に使えないな、と肩を落とす。二人の魔女が頼りにならなので、もう一人の金の魔女と呼ばれた女性に注意を向ける。
金の魔女は依然と言葉を発することはなくただぼ~とどこかを見つめているだけだ。恥ずかしげもなくその見事な裸体を兵士たちに見せつけていた。
そのためルルリアナが一生懸命腰に巻いていたレースで金の魔女の体を隠したが、レースのためスケスケでむしろ裸よりもエロいのではないかとリースは眉を顰める。それは、喧嘩している二人の魔女にも当てはまることだった。
経験の浅い若い兵士たちはチラチラと三人の魔女を盗み見ていて、上官に睨まれていることすら気が付いていない。後で、御仕置されればいいのだとリースは思う。
「どうやってここから逃げるきだ!外にいる魔術師たちによって転移魔法は阻害され、使用することはできないぞ!」
先ほどまで赫き魔女と言い争っていた蒼し魔女がディランを睨みつける。ただならぬ殺気にディランの顔から血の気が失われる。
「あなた、転移魔法とおっしゃいました?私のゲートと転移魔法を一緒にしましたわね?私の魔法を転移魔法と一緒にするなんて!私のゲートは特別なの!そう、特別!たかが瞬間移動みたいな手品と一緒にされたくないわ!」
蒼し魔女が両手を宙にかざすと、黒い影がぐるぐると回り黒い大きな円を作り出す。その円は人がすっぽり収まるほど大きい。
「それで、私の主人はどこに行きたいのかしら?ファッションの都パリスタ?それとも芸術の都ゲテリア?あぁ、水の都フェレッチオもいいわね」
「とにかくここから脱出できればどこでもいい」
「もう!つまらないんだから」
そうリースが答えると蒼し魔女が拗ねたように指を鳴らす。すると、先ほどまでぐるぐる回っていた影がぴたりと止まり、月と星のない夜のような暗闇が広がる。
「さぁ、ゲートはできましてよ。さっさとくぐってくださる?」
「これって本当に安全なの?」
そう赫き魔女にリースが尋ねると、赫き魔女が答えるよりも先に蒼し魔女が赫き魔女を蹴っ飛ばし、赫き魔女は飛ばされて蒼し魔女をののしりながらゲートの中に消えてしまったのだった。
蒼し魔女が首をクィと動かし、リースに指示を出す。リースは呆然とたたずむ金の魔女の腕を取り、立たせゲートへと押し込む。金の魔女も一瞬にしてゲートの中に消えてしまったのだった。
リースは振り返り、レオザルトと見つめあい動こうとしないルルリアナに声をかける。
「ルルリアナ?」
リースの声をかき消すようにレオザルトが声を張り上げる。
「ルルリアナ!今、戻ってくればこの者たちの命は保証してやる!」
ルルリアナはリースとレオザルトを交互に見つめ、レオザルトの覇気に負けて一歩踏み出してしまう。
リースはルルリアナの腕を掴み引き留める。
「ルルリアナ…。本当にここにいたいなら私は止めない。ルルリアナと離れていても、私はあなたの命を守ってみせる。…でも私はルルリアナと一緒にいたい」
「本当にそう思ってる?」
「もちろん!だってルルリアナは私の…「もう限界だからさっさとゲートを通ってくださる?」
話の途中だというのにリースとルルリアナは蒼し魔女によってゲートに落とされてしまったのだった。
「ルルリアナ!」
ゲートに消えたルルリアナにレオザルトは縋るように呼び掛けるが、そこにはルルリアナの姿はもちろんない。
蒼し魔女はレオナルドの表情を見て、誰に聞かせるわけでもなく囁く。
「大切なものほど失って初めて気が付くというのは、本当なのかしらね?」
そう言い残すと蒼し魔女もゲートの中へと消えてしまったのだった。
ディランが徐々に小さくなるゲートを通ろうと駆けよるが、あと少しと言うところでゲートは消滅してしまったのだった。
こうして神殿の奥に大切に保護されていた雪の華は、婚約者であるレオナルドの前から姿を消したのだった。
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