16 瓢駒

 四人は地下宮殿から来た道を登り地上の神殿へと戻っていた。


 狭い階段にギャーギャー文句を言いながら、二人の魔女が階段を登る。



「ちょっと、あたしが閉じ込められていた神殿がこんなに貧乏くさいなんてありえる?もっと金品ピカピカな神殿だと思ってたのに。こんな寂れた神殿だなんて、神殿と言うよりも貧乏なちょっと大きな家って感じがする」


「そうね。こればかりは醜女に賛成だわ。こんなに小さな神殿に私が飾られていたなんて。しかもあんな埃くさい地下なんて…。もっと大切に扱われるべきだったのに…。おかげで私の体は黴臭い」


 二人の魔女たちは不満そうに神殿の中を見渡している。


 裸だった二人は封印されていた時の雪の華のレースで体を隠している。きっと、そのレースが黴臭いのかもしれない。


 リースはうるさい二人の声を遮断するように耳を塞ぐ。


 ルルリアナは二人が怖いのか私の後ろにピッタリと張り付いている。



「…ねぇ、どうせ封じられていたんだからここが大神殿だろうが、ここどこだろうが関係なくない?意識なかったんでしょ?野ざらしにされていなかっただけありがたいと思えば?」


「本当にそう思っているの?これは私の矜持に関わることなのよ?世界を破滅する一歩手前に追い込んだ、偉大なる魔女であるこの私を、こんな小さな辺鄙な場所の神殿に閉じ込めるなんて」


「あ~~~、一応ここは王都の神殿なんだけど…」


 蒼し魔女はリースの言葉を少し考える。


「…場所は問題じゃないわね。この神殿が問題なのよ。こんな飾り気のない神殿が問題ね。それにあの」大きなロクストシティリの石像を顎で示す。「ロクストシティリの石像を飾ってるのも気に入らないわ」


「お言葉ですが、創造神であるロクストシティリ様の石像を飾っていない神殿はないと思いますが…」



 ルルリアナがひょこっとリースの肩から顔出して弱弱しい抵抗を示す。蒼し魔女に睨まれ、ヒィっと悲鳴をあげて再びリースの後ろに隠れる。


「掃除をする必要があるわね」


 蒼し魔女の手から黒い小さなブラックホールのような渦巻く球し、石像に向かって放たれる。まるで迫害する相手に石を投げつけるように憎々しい表情を浮かべて。


 黒い球がぶつかった瞬間、大きな石像は煙をあげて粉々に崩れ落ちてしまった。


「これでロクストシティリを飾ってない神殿が一つできたわね」


 蒼し魔女は満足そうに頷く。表情も長年こびりついていた汚れが落とせたようなすっきりとしている。


 粉々になってしまった石像を見てルルリアナは泣き出してしまった。


「ロクストシティリ様!そんな、ロクストシティリ様が!」


 ただの石像が壊されただけだとリースは思うが、ロクストシティリ神を信仰しているルルリアナにとってはただの石像ではないのだ。


 首を垂れ落ち込むルルリアナにリースはポンと肩を叩き慰める。


「今度、小さな創造神の石像買おうね」


 赫き魔女はと言うと粉々になったロクストシティリ神の無傷の顔の部分を発掘したようで、うっとりする眼差しでロクストシティリの顔を見つめている。顔だけの石像はまるでオペラ座の怪人の仮面のようだった。


「ねぇ、この部分貰ってもいい?」


「ちょっと、あなたまだあの男に執着してるわけ?腐ったリンゴの様に簡単に捨てられたくせに」


 蒼し魔女が赫き魔女からロクストシティリの顔を奪い取るが、すぐに赫き魔女に奪い返す。


「利用され捨てられたあなたに言われたくないわ」


「私はあいつに利用されてなんかいない!私があの男を利用したの」


「だったらなんで、封印されたわけ?」


「それは……ちょっと油断しただけよ。それにたまたまお腹も痛かったし、家の鍵もかけたか心配で集中できなかったし、本気で戦ったら爪もかけちゃうし」


「ふ~~~~ん」


 蒼し魔女と赫き魔女は互いに譲らず、ロクストシティリの顔を引っ張りながら口喧嘩を始めてしまう。


 リースが二人の喧嘩を止めるべく、石像がばらばらになっている場所へと近寄る。


 砕けた石の破片があるため注意しつつ足元を見ていたリースは、石像の欠片から出ている黄金の左手を見つけたのだった。その左手には魔女たちとの契約の指輪に似た琥珀のような魔石でできた指輪が親指に嵌められている。


 こんな偶然ってある?指輪も似ていて、嵌めている指も一緒だなんて…。


 リースはそっと指輪を手から引き抜く。


 やはり指輪を抜いただけでは何も起こらない。


 リースが頑張って瓦礫をどかすと、金でできた女性の裸体像が横たわっていた。もちろん、石像の下半身は金糸でできた雪の結晶模様のレースで覆われている。


指輪もレースの羽織物も一緒だなんて。


「ちょっと二人とも、この瓦礫どかすの手伝って!」


「瓦礫!ロクストシティリ様の体の一部を瓦礫って言うなんて…。神よお許しください。この者に悪意などございません。この者は迷える仔羊なのです」


天を仰ぎ神に許しを乞うたルルリアナがリースへと厳しい眼差しを向ける。


「リース、いくらあなたでも見過ごすことはできないわ!ロクストシティリ様の石像はただの石像と違います。この石像を通して、創造神であるロクストシティリ様は世界を見守っていらっしゃると言われているんです。つまり、ロクストシティリ様の石像はロクストシティリ様の御体と同じに扱う必要があるということです。それを瓦礫というなんて!ロクストシティリ様に懺悔してください。」


 ルルリアナがキレ、普段なら考えられないくらいしゃべりまくっている。


 喧嘩する魔女たちに切れ気味のルルリアナ。神殿はちょっとしたカオス状態になっていた。


「ねぇ、もう三人ともいい加減にして!」


 リースは近くにあった聖杯の水を三人にぶちまける。もちろんその水は金の像にもかかる。


 水を被った三人はぴたりと口を閉じ、納得いかないとリースを不満げに見つめている。


 次の瞬間、ロクストシティリの石像のがr…ばらばらになった御体の下から咳き込む音が聞こえ、血のような赤い二つの眠そうな目がリースを見つめていた。


 金の像から生身の体に変わった女性はシャンパンゴールドの腰まで伸びた癖のある長い髪に、少し上向いた鼻ですら完璧に見える。その女性も誰もが認める美女だった。

 

「ゲッ」


「信じられない」


 蒼し魔女と赫き魔女はどうやらその女性をしているようで、二人の魔女は揃って忌々しいと睨みつけている。


「ちょっと、お前!私たちだけで満足できなくて、こんな奴にまで手を出したというわけ?」


「どんだけ見境がないんだよ!」


 蒼し魔女と赫き魔女がリースを責めたてる。


「なに、これ?ちょっと、私が浮気したみたいに言わないでよ!私はこんな魔女がいるなんて知らなかったんだから!」


「知らなかった?嘘いわないで」


「本当に知らなかったんだってば」


「こいつはあの金の魔女だよ!」


「金の魔女?」


「「そう、金の魔女!」」


 二人の魔女の声が神殿にこだます。


 まだぼんやりとした眼であたりみ見渡している金の魔女をリースは見つめる。


金の魔女?何それ?そんな課金アイテム、私は知らない。


リースは自信を持っていたゲームに関する知識が大きく歪んでいる、そんな気がしてならなかった。






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