第11話竜騎兵計画

 ー結局"騎竜兵"じゃなくて"竜騎兵"なんだな。どっちでもいいことだが。

「竜騎兵計画」と仰々しく書かれた作戦書を読んだコルセアの第一印象がそれであった。

 そもそも竜が本当に存在して、それを早速軍事に使うというのがピンと来ない。竜騎兵なんて単語に至っては、もはや意味不明と言ってもいい。


 作戦書を読みながらコルセアは、幼い頃に親に買ってもらった物語の本を思い出していた。

 確か平和な島を攻めいる敵を竜の力を借りてやっつける、みたいな内容だったと思う。

 だがいい大人になって、身をもってそんな物語のような体験をすることになるとは思わなかった。というのがコルセアの正直な心境だった。


 作戦書には本作戦は大きく分けて3段階に分けて目標とする、と書いてあった。

 1.今回捕獲した竜(以下、検体と称す)の身体や生態の調査を行う。同時に人間の騎乗に慣れさせ、此度のリハルト公国との戦争に利用できうるかを調査する。

 2.検体の雌雄及びその判別方法を確認した上で、番いとなり得る他の個体を捕獲して長期的な部隊運営の為の繁殖の可能性を探る。対リハルト公国との戦争においては検体を発見した場所付近を捜索し、竜を発見し次第これを捕獲して調教を行う。

 3.竜騎隊を編成し、敵の魔力攻撃、物理攻撃共に対抗できる戦力として投入する。

 また、ロヴェル第二聯隊に「竜騎隊」を、オルトゥス魔法師団に「独立竜騎隊」を新設する。独立竜騎隊は特例として第一第二のいずれの聯隊にも属さず、ロヴェル第二聯隊の竜騎隊と行動を共にする。


 コルセアは考えた、これは無理があるのではないかと。

 竜についてどの程度まで皇都で調査されたのかはわからないが、竜という存在に期待を寄せすぎている気がする。そもそも何もかもが未知数なのだ。だいたいこれ以上の竜を捕まえるというのも、それこそ民草の力を借りなければ無理な気もする。

 そもそも最前線に近いシナークに現地司令部を置くのが分からない。それだけ期待しているということか?


 しかし現地司令部長を任されたからにはやり遂げるつもりであった。不明な点も多い任務だが、成功すれば得られるものは大きい。自身の少佐への昇進は間違いないだろう。そして兄、アマルス中佐と枢密院の顧問官を務める父、ラティール=ハルーマンの発言力を強めることにも繋がる。それだけに失敗すれば家族の顔に泥を塗るということなのだが。

 そして何より封印に皇室枢密院の印が押してあったと言うことは、これは皇室からの勅命だと言うことだ。ここを統括する立場にあるからには身を引き締めてかからなければならない。


 少しすると入室の許可も無しに司令部長室のドアが開いたので、コルセアは反射的に席を立ち姿勢を正した。入室の許可無く入ってくるのは、つまり自分より立場が上の人だからだ。


「失礼する、カグル駐屯地司令のナック大佐だ。貴様がシナーク現地司令部長のラティール大尉か?」

 入ってきたのはシナークよりもう少し内陸にある交易都市カグルの駐屯地の司令官、ナック=ヤルハート大佐だった。

「は、私がラティール大尉であります!」

 コルセアも敬礼したままはっきりとした声で返した。


「話は簡単には聞いている、竜騎隊だそうだな。俺にもよくわからないが、名門のラティール家の者が指揮を執るのだ。少し見に来ようと思ってな」

「ありがとうございます、光栄であります。名門と言うほどかはわかりませんがご期待に添えるよう精進いたします」

「まぁそう謙遜するな。ラティール家は確かに名門だろう、貴様の兄はあのリメルァール駐屯地の副司令。そして父は皇室枢密院の顧問官だ。

 "名家"と言うだけなら長く続いてる家系はどこもそう言える、だが"名門"と呼ばれるのはそれ相応の実力があってのことだ」

 そこまで言うとナックは時計を見上げて「おっと、そろそろ荷物が来る時間じゃないか」と言うと、コルセアを連れて部屋の外に出た。

「世辞を言うために来たわけじゃないんだ。俺もその"竜"とやらを見てみたくてな、こうしてわざわざカグルから出てきたのだ」

「なるほど、そういうわけでありましたか。落ち着いてから挨拶に伺おうと思っていた矢先に突然来られたので驚きました」


 2人が外に出ると、ちょうどシナークの街の方から大量の馬や人足が沢山の木箱など様々なものを運んで来るところだった。その荷物とはまさしく、ウィルとハーナストが皇都から命がけで運んできたあの荷物だった。

「ついに来たか」

「来ましたね。あの大きい木箱に竜が入っているようです」

 いつの間に隣に来た部下がコルセアとヤルハートに説明をした。

 目をやるとその木箱を積んでいる荷車だけ馬2頭で牽いている。相当に重いのだろうか、よく見ると馬も息が上がっているようだ。

 荷物を運んだ一団が到着すると、すでに設営された天幕に様々な物資が運ばれた。一団の警護についていた第三聯隊の兵士と、このために招集して作られた第二聯隊の竜騎隊の兵士とが忙しなく動いている。


 するとオルトゥス魔法師団の軍服を来た兵士が1人、コルセアとヤルハートのもとに近づいて来て声をかけた。

「失礼します!オルトゥス魔法師団独立竜騎隊、ナコル曹長であります!そちらの竜が入っている木箱を開封してもよろしいでしょうか!」

「ロヴェル第二聯隊、コルセア大尉だ。木箱の封印に魔法陣が用いられているということは、これは魔術的に封印しているのか。何か理由があるのか?」

 そう尋ねると声をかけたナコルも少し困惑した表情になった。

「は…私も詳しいことは聞いていないのでわかりませんが、噂では竜は魔法を使うそうです。なので拘束中に逃げられないようにこうしたのだと言っておりました」


 今度はコルセアとヤルハートが困惑した表情を浮かばなければならなかった。魔法はオルトゥス魔法師団の専売特許、竜に騎乗して戦うのは機甲師団の兵士とのことなので、実行可能だろうかという懸念が生まれたのだ。竜に轡でも噛ませろというのか?


「わかった、とにかく機甲畑の俺には魔法はわからん。我々が竜に騎乗する時に魔法が必要なのかどうかも調べろということだろう。とりあえずこの木箱の開封を頼む。まずは本物を見てみようじゃないか」

「かしこまりました」

 ナコルは傍らに立っていたヤルハートにも一礼すると、きびきびと木箱の開封作業を始めた。ナコルが封印として貼ってある魔法陣が書かれた紙に手を近づけると、掌に魔法陣を出現させて封印の紙に近付けた。その瞬間、青い火が一瞬燃え上がり封印の紙は焼けて無くなった。

 封印が解けた瞬間に中の檻を破壊して竜が出てくることを警戒したが、むしろ物音一つしない。


 ナコルが慎重に木箱に取り付けてあった閂を外して蓋をあけると、中からはむわっとした獣臭い空気が漂ってきた。

 いつのまにか作業の手を止めて周囲を取り囲んでいた兵士達は、その木箱の中を見て一瞬後ずさった。

 あまり光の入らない薄暗いその木箱の中からは、赤い双眸がしっかりとこちらを見ていたからだ。

 その空気感に圧倒されながらも台車付きの檻を木箱から出した頃には、その動揺と恐怖感は現地司令部の兵士全体に広がっていった。

 竜の存在は軍の上層部のみが知る極秘事項であったが、この計画に参加し竜騎隊、及び独立竜騎隊に組み込まれた兵士には竜が発見、捕獲されたことは伝えられていた。だがやはり皆半信半疑だったのか、実際に本物の竜を見ると恐れて後ずさる者や、逆に興味本位で近づく者もいた。ただ一様に言えるのは、皆「信じられない」と言いたげな顔をしていることだ。

 竜も突然のことに驚いているのか、狭い檻の中の端の方に縮こまって怯えた目を向けている。時々身じろぎしていたが、薬か何かで眠らされていたのかその動きは鈍いものだった。


 オルトゥスの独立竜騎隊の兵士達は魔法が練達している人ほど、人間や動物の魔力の流れや容量が見えるようになるという。

 その兵士達には竜がものすごい存在に見えるのだろう。恐れながらも口々に「これはすごい」「こんなのが味方に付けばリハルトなんて目じゃない」と興奮した様子で語っている。

 ロヴェルの兵士もそれが見える人は見えるのだろう、早くも戦略を立ててみて議論している者もいる。


 確かに幼獣と聞いていたがその迫力にはコルセアも圧倒されたが、しかしあくまで冷静であった。

「こいつは…我々を乗せて戦えるでしょうか?」

 オルトゥスと同じく魔力の流れが少し見えるらしく、そのあまりに膨大な魔力に圧倒されていたヤルハートは驚いてコルセアの方を向いた。

「どういうことだ?」

「言葉通りです、小さい気がするのです。それに私は魔力のどうのは見えないのでわかりかねますが、竜騎兵がどのくらいいれば戦局を有利にできるのかも見当がつきません。それを検証せよとの命令なのはわかっていますが…」


 ナックは少し考えると「やはりラティール家だな」と呟くとコルセアに耳打ちをした。

「この雰囲気に流されずに、客観的で冷静な判断ができるところを見込まれたのだろうな貴様は。実はなコルセア大尉、この作戦はモロス第一皇子の発案らしいぞ」

 そう言われた途端、コルセアの脳裏には先月の観閲式の際に現在の皇帝、ルメイ15世の隣に立っていた小太りの青年の顔が思い浮かんだ。

 ーそういえば兄も言っていた。3年前の大失敗をまだ懲りていないのか…


 遡ること3年、イグナス連邦の西に位置するノータス王国が突如として国境のフィヨル川を越えて攻め入ってきた。

 宣戦布告も無い不意打ちだったので近隣のリメルァール駐屯地の守備隊は大苦戦を強いられ、その中には当時リメルァール駐屯地の機甲師団第二聯隊騎兵隊総長を務めていた、兄のアマルス少佐もいた。

 その攻撃の前年、幼少期より軍事に興味を持ちかねがね軍備の増強を訴えていた第一皇子のルメイ=アルフィール=モロスは20歳の勅政ちょくせいの儀を迎え、堂々と執政に参画するようになった。そこでまず行われたのが、ロヴェル機甲師団第四聯隊の増強だった。

 第四聯隊は飛行機を中心に空中からの偵察、爆撃を主とする隊で、当時は実験的な要素もあって所属する人数は少なかった。それを今後は航空戦力が重要になるとして大々的に拡張したのだ。


 とはいえ軍人には限りがある。そして代わりに人員削減という割りを食ったのが、ロヴェル機甲師団第三聯隊だった。第三聯隊は規模が縮小され、そこで浮いた経費や人員が第四聯隊に回されたのだ。

 しかしこれには様々な人から猛反対が上がった。第三聯隊は専ら後方支援、兵站を担う部隊だったからだ。

 兵站が無かったり輸送が滞るということは、つまりは戦地で食べる糧食も無ければ打つ弾も無くなる可能性があるということだ。しかしモロス第一皇子は発達してきた鉄道を使えば輸送には難は無いとして、無理やりこれを実行した。

 それがリメルァール駐屯地にとっての悲劇だった。


 迫り来るノータス王国軍に対して最初は備蓄の弾薬で戦うことができたが、しかしノータスもなんとしても工業都市リメルァールを奪取せんと長期戦の構えで戦いは長引いた。リメルァールの工業力は周辺諸国を圧倒しており、それだけ敵にとっては美味しい獲物だったのだ。

 そして恐れていた事態が起きた、打つ弾が尽きたのだ。モロス皇子の言うとおりに鉄道を用いて国内各地から集められてはいたが、第三聯隊の規模縮小に伴ってその速度が落ちており、結果的には消費量が供給量を上回っていたのだ。

 もはや白兵戦に持ち込むしかなかったが、相手は銃や大砲を打ち込んでくるので分が悪い。遠距離攻撃魔法もあるが、あまり遠くに魔法を飛ばすのは使える人が限られるので限界があった。そしてノータス王国軍は徐々にリメルァールに迫り、このままでは陥落というところまで追い込まれた。


 そしてモロス第一皇子はもう一つ重大な過ちを犯していた。

 工業都市たるリメルァールには国境のフィヨル川より、リメルァール工業水道と呼ばれる運河が整備されていた。これは工場の稼働に必要な極めて重要な施設として、常に駐屯地の兵士が警戒に当たっている場所だった。

 しかしこの侵攻の数ヶ月前から、運河周辺をうろつく不審な人物が目撃されていた。

 リメルァール駐屯地の兵からすればその運河が極めて重要な施設だということは骨身に染みてわかっていることなので、不審なことがあったらすぐに皇都に報告するというのが鉄則であった。だがその報告をモロスは、過剰な心配であると言い無視したのだ。

 しかしその怪しい人物とはノータスの息のかかったものであり、結果的にリメルァールに迫ったノータス王国軍は真っ先に運河を破壊しようとした。

 その際にいち早くそれを察知し白兵戦の末に運河を守りきったのが、コルセアの兄であるアマルス少佐率いる第二聯隊騎兵隊の精鋭たちだった。


 最終的にその戦いは、増援のように見えた他のノータス王国軍が最初に攻め入った隊を攻撃し、殲滅したことにより終結した。増援が来ていよいよだめかと思ったのも束の間、その増援が最初に攻め入ったものたちを攻撃し殲滅したのだからイグナス軍の者は呆気にとられるしかなかったという。

 結局その戦いは最初に攻め入ったのはノータス王国内の過激派であるヨナク衆派の軍で、それを正規軍が打ち負かしたという結末だった。

 リメルァールは無事であったが、軍属の人たちのモロス第一皇子に向ける目線は一気に厳しいものとなった。神の子孫とされる皇室家の皇子に対して無礼なことを言ったとしても、軍の中で言う分には誰も何も言わないのはこの為であった。


 しかし今は、あの皇子の勅命だからとかそんなことは言っていられない。リハルト公国は軍事大国だと聞く、軍備があまり十分とは言えないこの国は気を抜いていたらすぐに蹂躙されてしまうだろう。

 それに竜の有用性を確かめ、戦力に加えられるのであればイグナスにとって味方が増えることでもあった。たとえ失敗しても、もとより実験の要素が近いこの作戦、きつく咎められることは無いはずだった。


 ーならば、やるしか無かろうな


 そう心に決めると、コルセアは未だ騒然としている部下達の前に立った。

「皆の者!この通り我々は強い味方を得た。

 竜と言うのは神話の中の生き物だった。しかしこれからは違う、この通り目の前にいるこれこそが竜だ。動揺する者も多かろう。だが各自、己の力を最大限発揮しーーそもそもこれは畏くもモロス皇子の勅命でーー」


 コルセアは人当たりが悪い方では無い、むしろ部下思いの大尉として評判も悪くない。

 ただ欠点があるとすれば、演説になると話が長いところだ。それも非常に。


 そんな長話をよそに、俺らまで長話に付き合わされる義理は無いとばかりに、荷物を運んできた馬車や人足は町へと帰っていく。

 その中で1人だけ、シナークの中心街ではなく関所街の方に歩いていく者がいたが、上官の手前、話を無視するわけにもいかない兵士たちの中に気付く者はいなかった。

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