Mono mondon regas 〜金が世界を支配する〜
あまつか飛燕
《アネクドート編》プロローグ
第1話新暦314年 春
町のそこかしこから臨終の叫びが聞こえる。
何があったというのか。
これはどういうことだ。
どうすればよいか。
教えを請うべき師は、ここまで一緒に逃げてきた2人の部下と共に、先ほど突如足元にできた噴熱孔に呑まれて死んだ。そうだ、呆気なく死んだ。
そしてその孔からは絶えず火が噴出し、周りにある家を、家畜小屋を、そして人を焼いていた。
壊れた家屋から人間が、男も女も無く大人も子供も無く、身分の貴賎も貧富も無く、ただただ「助けてくれ」と叫びながら全身に炎の衣を纏い絶命していく。
どうすればよいか。
私はどうすればよいのか。
してはならない過ちを犯してしまったのだ。
ドースレバヨイカ?
コレヲドースレバヨイカ?
あの平原での戦いで何を間違った?プラセン人共が進軍してきた際の初動か?この平穏なる地を護ろうと、いかなる犠牲をも厭わないと誓ったことか?それとも…
”盟友”をこの戦に使ったことか?
あの黄色い石を、”盟友”の内に秘めさせたことか?
いや…嘆いても死んだものらは帰ってこない。帰ってはこないのだ。
ああ、どうすればよいか。
*
木が爆ぜている、かつて家だった木が爆ぜている。その音の中に誰かの足音が聞こえた。その音で呆けていたハイナスは正気に戻った。
「ハイナス様ー!アロ-ハイナス様ー!ご無事でしたか!」
「お主は…リードか!5番隊の!」
「はい!5番隊が弓兵長、リード-ナクでございます。ハイナス様もこの、この渦中良くぞご無事で…」
「私は何とか生きている。しかし此度の戦、何人が召されたのだ…」
そう言ってハイナスとリードは辺りを見回した。動く物は既に無く、ただ火がもうもうと燃えるばかりだ。
「プラセン軍はどこまで来ているのだ?」
「むしろ好機と見たのか、勢いを落とさず攻め込んでいます。もうレイミルも落城寸前かと…」
ハイナスは頭を抱えた。川沿いの交易都市であるレイミルが落とされては、もはや我が方に勝機は無い。
いや、もはやこれから勝ったとしても空虚の勝利なのだ。我等の国で何人が生き残っているというのだ?民の多くを失った、盟友も多くを失った。彼らには本当に申し訳ないことをした。こんな人間たちだけの戦いに付き合わされて、狂わされ殺されたのだ。
この土地を護ってきた私も愚かだった。素直に恭順していれば、少なくとも私一人の犠牲で済んだかもしれないのに、こうして民を戦に巻き込んだ。
だがそれを後悔してはいない。何としても我らは、盟友を守り抜かねばならなかったのだから。
「こうなれば撤退しかあるまい。生き残った者たちに呼びかけよ、『ユラ神殿の森へ行け』とな」
「ユラ神殿へ…畏まりました」
そう言ってからリードは少し俯いてから身を絞るように声を発した。
「ハイナス様、私たちはどうなってしまうのでしょうか」
「わからない。この土地も、我等と盟友も汚されてしまった。すぐにはこの豊饒なる土地に戻ることは罷りならぬであろう。だが、同士が生きておるのならばこの地は再び我等のものとなるだろう。だからこそ、今は雌伏せねばなるまい」
そう言うとハイナスは先ほどまでの絶望を振りはらうかのようにマレス山の方を見た。あの山の向こうにあるというプラセン皇国から武力侵攻を受けたのは2年前だ。元より民の少ないこの土地であったが、緒戦からしばらくは地の利を生かしてうまく戦ってきたつもりであった。
しかし敵は数に物を言わせて押し進んできた、周辺の町々は次々とその濁流に飲まれ多くの罪無き民が死んだのだ。
その困窮の最中、今年の春にあの”盟友の地”にあるという黄色い石を盟友に飲ませると、格段にその魔力が上がり敵をも圧倒できるという報告に舞い上がってしまった。
その結果がこの有様だ。確かに盟友は敵を圧倒したが、同時に狂ってしまった。狂ってしまった盟友はそのまま激戦地となった盟友の地にて火を吹き続けた。
そしてそのうち街中にある井戸や孔から突然火が噴出し始めた、しかし理由は誰にもわからない。湧き出した火とプラセン軍に押されて中心の町が落ちたのが3日前。今頃は死に物狂いで首長である私を探しているだろう。
「では、私は生き残った者達に知らせてきます。ハイナス様、どうかご無事で!」
そう言うとリードは走り去ってしまった。
ー行け、リード。神殿に行き、必ずフォスチア様に報告せよ。
私は…絶対に生き延びてみせる。プラセンの捕虜のように、生き延びることを恥とは思わぬ。
私は生きて、生きて贖罪してみせよう。それが召されていった民と盟友たちへのせめてもの弔いだ。
ユラ神殿はマレス山の麓に広がる森の中にある。強固な結界に守られているので敵に見つかることは無いだろうが、現状で安全な地はそこだけだろう。だが敵の押し寄せるマレス山の方に向かって行くのだ、皆が無事で到着できるはずがない。
だが行かねばならない。首長ハイナスの名にかけて、この地に安息の地を創りたもうた"アロ"の名を引く者として、生き残った民の生活を守らねばならない。
アロ-ハイナスは心を引き締めると、燃え盛る町の煙越しにマレス山の方を見た。
その青い瞳には、もはや葛藤も絶望も無かった。
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