第5話
「斎藤さん、そろそろ着きそうですよ」
「ん……?」
少しずつ意識が戻り、全然回転しない頭をせっせと働かせて電車から降りた。改札口を通ると合図だったのかハッキリと頭が覚醒する。
「もうここか!」
「そうですよ」
腕を空へ伸ばして体を反らせる。首や肩が凝り、ぐるりと一回転させた。
「はあ~よく寝た。スッキリ」
「それは良かったです」
「あ、そうだ」
思い出してトートバッグから小袋を取り出して差し出す。
山下は首をかしげながらも受け取った。
「あげる」
「えっ、オレにですか?」
「そうだよ。開けてみてもいいんだよ?」
「ああじゃあ開けます」
促されて開けると、斎藤が買った招き猫キーホルダーが出てくる。
「可愛いですね! いつの間に買ったんですか?」
「見てない時にこっそり。サプライズってやつだよ。驚いた?」
「はい! 嬉しいサプライズでした! ありがとうございます!」
「どういたしまして。私と色違いでお揃いだよ」
自分のキーホルダーを見せると「オレも何か買っとけば良かったな……」とぶつぶつ呟いている。
こんなに喜んでくれるなら渡した甲斐があるというものだ。
良かったと嬉しがっている斎藤とは裏腹に、山下は買っておけばと悔やんでスマートフォンを取り出した。
「あのっ! やっぱり一枚いいですか! 記念に一緒に」
「……写真嫌いだけど、一緒ならいいよ」
仕方ないと腹をくくる。作り笑いが下手で頬がひきつる。だから写真は得意ではない。一枚だけ撮り見せてもらうと、やはりひきつった笑顔であった。
山下もさほど笑っていない無表情に近い。
「ありがとうございました。記念になりました」
「そんなのでいいんだ」
「十分です」
撮り直したいと言えばいいのに。
そうは思ったが、自分は写真を撮られるのは好きじゃないからやらなくてもいいか、とも思ってしまう。しかしあんな微妙な表情をした写真で満足感なのかと。自分は別にやらなくてもいいが、山下が言うのならやってやらなくもないな、と考えている。
なのに山下は本当に満足げで撮り直しを要求するつもりは無さそうだ。
「はあ……全然可愛くないし、こんな天の邪鬼のどこがいいんだか」
何故だか腹立たしい。
微妙なもので満足してしまうなんて、もっと欲を持てばいいのに。
ついでに自分の性格まで自虐的にぽろっと本音が零れていった。
それを聞いた山下は反論する。
「斎藤さんは天の邪鬼じゃないですよ。とても素直だと思います。それに笑顔はとてもかわいくて素敵ですよ」
自虐をしたから反対に世辞を述べたのだろうと解釈する。社交辞令など真に受けていられない。
「あっそ。というかさ、ここ人多いし話すなら人が少ない所に行かない? 邪魔でしょ」
「そ、そうですねっ」
慌てて人気の無い路地裏へ移動する。機嫌が悪くなったと悟ったのか、山下は焦って早口に話し出す。
「あの、今日は本当にありがとうございました! またLINEしてもいいですか?」
「いいよ」
簡潔な反応で、どうすればいいかまごついてしまう山下。
雰囲気を悪くしてしまったと反省した斎藤は、小声で「ごめん」と謝る。山下も「いえ……」と静かに答えた。無言が続いて数秒後「じゃあ、お気をつけて」と山下は背を向けた。
「待って」
斎藤にはまだ山下に用がある。人気の無いところへ移動したのだ。心からの試しがまだ済んでいない。
「……ねえ、言い残したことあるんじゃないの?」
山下は振り向いて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「えっ? ……ええっ? えっと……また学校で……会いましょう?」
「そうじゃなくて! ……ああもう焦れったいなッ! もう分かってるんだから! あんなかわいいとか、さらっと言っちゃって、手まで繋いでさ! 気持ちバレバレなんだからね!?」
正直見た目はカッコ良くない。不器用で変わってる人。
そんな人と関わってる自分が恥ずかしいと感じていた時があった。
しかし今は違う。見た目がどうとか、性格が変わっているとか、そんなことが気にならない程、素直で誠実に向けてくれる真摯な優しさが素敵だと思えた。この自分の気持ちを押し殺して、周りばかり気にしてたら何も出来ない。
そして山下もまた、本当の気持ちを押し殺しているんじゃないだろうか。気を遣って遠慮しているんじゃないか。それはきっと。
ーー私自身に……。
「私のことどう思ってるのか言って! 聞かせてよ!」
声を張り上げて思いの丈をぶつけた。
これはきっと山下から言うことに意味がある。斎藤から言うのでは意味がない。
体は硬直して視線はまともに合わせられない。こんな突然のフリに緊張しないわけがない。しかも内容が内容で、回避しても良いはずなのだ。こういうことには準備が必要だ。主に決断する心の準備が。しかし茶化していいことでもない。雰囲気は整っている。もうあとは一歩を踏み出すだけ。思い切り勇気を振り絞るだけ。
「ーーオレは、」
言葉を切り息を凝らして斎藤を真っ直ぐに見据え、そして。
「斎藤さんが、本当に本当に……大好きです!!」
これでもかと赤面する山下。言い終えてから動かない視線。
先に目を逸らしたのは斎藤だった。笑いが込み上げて、口から零れていく。抑えきれない嬉しさが笑いとなって溢れる。
「ふふ……ふふふっ……やっとだね。やっと言った……うふふふっははははっ」
「あのっ、そ、そんなに分かりやすかったですか!?」
思い切り笑われて自棄になっているのか、照れているのか、上擦った声で質問する。
「分かりやす過ぎて大分前から知ってたよ。だからデートか聞いたのも、そういう気持ちがあるのかを試してみたくて聞いたんだよ。なのに全然言ってこないし。動物園で言われるかと思ってたのに」
「言うつもりなかったんです。叶わないと思ってて……」
やや緊張が和らいだのか苦笑している。
「オレみたいな不細工に告白されても困ってしまうだろうなって。斎藤さんみたいに素敵な人は、もっとカッコいい人が似合うし選び放題だろうって」
それを聞いた斎藤は腕を組み、口を尖らせた。
「そういうのは私が決めるの。それに私はそんな大した人じゃないし」
「大した人ですよ。だから叶わないと思ってたからせめて写真を記念に……」
「あっそう。やっぱりさっきの写真消しといて」
「ええ!? イヤですよ!」
ハッキリと拒否する山下は珍しいが、斎藤は低音で更に強く拒否する。
「私もイヤだよ。初めて一緒に撮った場所が駅なんて。しかもすっごい微妙な顔してるし」
「あ……じゃあまた撮ってください」
「暗いし撮れないでしょ」
「そうですね……」
「だから、またどこか行ったら一緒に撮ろうよ」
これからは今までよりも気軽に誘えるのだから。どこでも一緒に行けばいい。
「わかりました。……あの、斎藤さんはどう思ってるんですか? オレのこと」
期待を込めておずおずと聞く。
そんな山下の期待を裏切るかの如く斎藤はとても良い笑顔で手を横に振った。
「教えてあげない。じゃあね」
「そんなっ!」
本当に去ってしまいそうな斎藤のうしろ姿。もったいぶっているのかそうでないのか判断がつかない。距離を詰めたら離れられる。繰り返していく内に斎藤の口から飛び出してきた言葉は。
「山下くんなんて嫌いだよ! ……なーんて、天の邪鬼からの言葉ですよーだ!」
嫌いという言葉に足が止まってしまう。あまり追いかけるのもどうかと考えて、斎藤が遠ざかっていくのを見送る。
きっと嫌われているわけではないだろう。あんな笑顔で嫌いと言われても説得力がない。
その証拠に『またね』とLI○Eのメッセージとハートのスタンプが送られてきたのだ。
「天の邪鬼じゃなくて小悪魔じゃないですか……」
去り際の斎藤の笑顔を思い出しながら、LI○Eの内容を見てしゃがみこみ、肩を震わせて悶えた。
その頃、斎藤は次会ったらなんて言ってやろうかと胸を踊らせていた。
ーー言ってあげないよ。本当のことなんて。
END
天の邪鬼なワタシと天然なボク 月嶺コロナ @tukimine960
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