第10話 過去九

『ーーう……』


『……』


『……陵』


『……っ! 英二っ!?』


『ああ、俺だ』


 目を覚ますと目の前には元気そうに手を振る英二がいた。


『お前、死んだんじゃ!』


『死んだ。今は幽霊だな』


『な、なんだそれは、夢みたいな……』


『だって夢だ。これは』


『意味が分からない。俺の夢になんでお前が……』


『吹っ切れない親友に、見送ってもらおうと思ってさ』


『……』


 夢に見る程とは重症だ。確かに死んだヤツがこうして目の前にいると明らかな夢だと嫌でも分かる。俺の夢だ。俺の記憶のままの、サッカーをしたり遊んだりして元気で、勉強で悩んでも底抜けに明るくて、そんな英二の姿がそのまま夢に出てきているんだ。


『時間がないから本題に入ろう。なあ陵。問題分かったか?』


『いきなりなんだ。何の?』


『俺が出した問題。どうして、俺が必死に勉強して東大を受けたのかだよ』


『東大を受けて、将来のことを』


『あーダメダメ。不正解』


『じゃあ、俺と通いたかった』


『…………50点』


『俺はお前と通いたかった。今は……叶わないが』


『それだけ聞けたら、俺、快く昇天出来そうだわ』


 笑えないな。こんな夢の中で真実を知りたいだなんて、虚しいだけじゃないか。それでも夢ならば誰にも何にも邪魔されない自由なんだ。まだ起きるには早い。聞くだけ聞いてみよう。


『……答えはなんだ』


『分かんない? 考えてみろよ。しっかりと工程立ててさ』


『……? お前は、俺と通いたかった。俺もお前と通いたかった。けれどそれは叶わない。それだけじゃないか』


『あーもー、もどかしい奴だな。最後の最期にこんな夢の中に出てくる奴のこと、何も思ってないのか? お前は』


『思うことだらけだ。有りすぎて、どうすればいいのか分からない』


『そういう気持ちを世間一般ではなんて言うか知ってるか? …………恋っていうんだよ』


『恋……? 俺が……お前に……?』


『そっ。答え言うと、単純に俺もお前が好きで、だから一緒の大学行きたいって思ったわけ』


 リアルで体験したことのないこと。恋なんて自分には遠いものだった。友人を作ることが苦手なのに、ましてや恋人なんてもっての他だ。そもそも学業が本分な学生に恋人なんてものは不必要で。


『……ま、待て、話が飛び過ぎて』


『待てない。もう時間が無い』


 言葉を遮る英二の体が、先程まではハッキリと見えていたのに薄れてきている。


『……最期なんだ。一世一代の俺の大告白、ちゃんと聞けよ』


 心の準備なんて鼻から許してはくれない。焦らすなんてことも出来ない程の余裕の無さで、英二は続けて口を開く。


『最期にお前に会いたかった。気持ちを伝えたくて。……陵、俺……ずっとお前が好きだった。大学だけじゃなくて、その後も、ずっとずっと一緒にいたいって思ったんだ』


 いつも笑っていた元気な顔ではなく、切なげに眉を寄せた真剣な表情をしている。


 こんなの都合が良すぎる。俺は英二が好きで、英二も俺のことが好き、そんな夢を見るなんて。


『あのな、夢だからってこれはお前の妄想じゃないからな』


『な、何……?』


『俺がちゃんとお前に伝えられてないから成仏出来なくてお前の夢に出てきたんだ。手っ取り早く死んだやつが生きてる人間に伝える方法なんて、夢に出るくらいしかなかったんだ』


 伝えたらスッキリして成仏なんて、まだ未来が残されている俺に、こんな縛るようなことを言うなんて……。


『……ズルイ奴だな。お前は』


『ああ。そんなの今更だろ?』


『未練タラタラじゃないか……』


『そうだ。未練だらけ。でも、これでスッキリ! ………じゃないな。……やっぱり、もっと生きたかった』


 こんなに正直な彼の前では、もう、嘘など吐けないし、吐いたら意味もない。妄想でも夢でも構わない。


『俺もお前と生きたかった』


『ははっ! プロポーズかよ!』


『そうだ』


『っ!! ……あああぁ~~……心臓に悪いよな、お前って。……まじキュンとした』


『もう心臓も動いてないだろ』


『そういうこと言うか~色気ねえー』


 笑い合う。やはり、俺は英二といることが好きだ。英二が好きだ。この上もなく。


『お前さ、眼鏡外した方がいいって』


『眼鏡を外したら見えないだろ』


『コンタクトにしろって。ほら、外してみ?』


 仕方なく眼鏡を外す。目つきが悪いから外したくないのだが。


『ほら、イケメン!』


『……お前が言うか』


 他愛もない話なのに、こんなにも楽しく、愛しく思う。不思議な気分だ。俺はまた、あの時の温もりを感じたいと思った。英二を抱きしめる。が、出来なかった。


『……!?』


『……ごめん、これじゃ……もう、ダメなんだ……』


 英二の体をすり抜けた。抱きしめたいのに、ただそれだけなのに、出来ない。


『陵、ジッして』


 言われた通りにしていると、英二が抱きしめる……手前で止まる。


『この体は、もう後、数分で消える。光りの集合体だから。手前で止まったら、ちょっとは温かくなったりしない?』


『……お前の声が、近い』


『それだけか。まあ、そうだよな。……ごめん』


『謝るな。……辛くなる』


『陵ともっと色んなことしたかった』


『ああ、俺もだ』


『……お前を……陵を……もっと、感じたい』


 光りに……英二に触れられない。けれど俺達は、確かに口付けを交わした。


『はあ……陵……お前は長生きしろよ』


『ああ、努力する。しっかり成仏しろよ』


 消えていく中、眩しいくらいの笑顔な英二の声はもう聞こえない。口パクをする光りが霧散し儚く消えていった。






『……好き……だ』


 滲む天井が見える。目が痛くて、頬が濡れて冷たい。しかし胸の痛みは消えていた。

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