囚われのMMORPG ~メインシナリオクリアするまで出られません~
バートレット
チュートリアルクエスト 「ある日の攻略風景」
「レイ! 2匹そっち行った!」
荒野の中心で、血のように赤いマントをたなびかせた女エルフの魔術師が、俺に向かって鋭い声を飛ばす。手には禍々しい形状の杖があり、そこから稲妻が迸る。見るからに魔王の如き風体だが、こいつが対峙している相手は魔物の集団であることから、俺と同じく魔物を狩る立場であることは一目瞭然だ。
そして、そいつが指し示す方向には、2匹の魔物。獣のような顔、人間の子供くらいの背丈、異様に細い四肢。その手に持つ獲物はカットラス。ゴブリンってのはどうしてこうも醜い姿なんだろうか。しかもそれがすばしっこく飛びかかってくるのだ。生理的な嫌悪感は抜群だと思う。
「任せろ」
俺はそれに応える。この俺、レイは竜の血をひく人種、ドラゴニュート。
ぴっちりとしたボディスーツに身を包み、簡素な作りのプレートアーマーで身体の急所を覆っているのが今の俺の姿だ。その手に握るのはライフル銃。銃身にはルーン文字が模様のごとく刻まれている。そう、この銃はただのライフルじゃない。魔術の力で弾丸を撃つルーンライフルだ。
こいつが俺の手にある限り、ゴブリンを近寄らせずに済む。あの面を間近で拝むくらいなら、
「きっちり2発で仕留める」
愛銃を構え、続けざまに宣言通り2発の弾丸をぶっ放す。反動が身体に伝わる頃には、走り寄ってきた2匹のゴブリンはすでに屍に変わっていた。あぁそうだ。遠距離で仕留めてその醜い顔を吹っ飛ばしてやるだけだ。
「すまん、抑えきれなかった」
雲霞の如く押し寄せる魔物の群れを相手に、大きな盾を構えて立ちはだかるのは、俺と同じドラゴニュートの男。俺とは対照的に、重厚な鎧で大柄な体躯の大半を覆い、盾とハルバードを手に魔物の注意を引き付ける。
重装備のドラゴニュートは魔物の群れをしっかりと見据えながらも、俺に謝罪の言葉をかけてきた。気にするな、と返事してやる。
「こういう時は助け合いでしょ」
「あぁ、そんでコーヘイはそろそろ次の用意しとけ、今いるやつは片付けるから」
俺の言葉に続けて頷くエルフの魔術師は、腰のポーチから青い色の液体が入ったボトルを取り出した。一息に中身を飲み干すと、身の丈ほどもある杖をバトンのように振り回し、コーヘイと呼ばれたドラゴニュートに群がる魔物の群れに向かって構える。
すると次の瞬間、天より無数の流星群が降り注いだ。コーヘイ諸共焼き尽くさんとばかりに、流星群は続々と荒野の大地に衝突し、爆ぜる。
もうもうと爆煙や砂煙が立ち込め、絶え間なく鳴り響く轟音。巻き起こる衝撃と風は、俺の身体を揺らし、鼓膜を刺激する。
だが、数瞬の時間を終えて煙が晴れると、傷一つないコーヘイの周りに魔物たちの屍が折り重なって倒れている。相変わらずえげつない威力の範囲攻撃だ。
「次の釣れた」
「流石だわ、仕事が早い」
コーヘイは巻き込まれたことを全く意に介すこと無く、盾の側面にハルバードをぶつけて音を鳴らした。その音に、未だ十数体以上いる魔物の意識がコーヘイに向く。その手際の良さに、思わず感嘆の声を漏らすエルフの魔術師。
と、そこへ駆け寄る人影がある。ヒューマンの女僧侶だ。
「体力不安だから回復しますね」
「グッジョブ、助かる」
僧侶が手を合わせて祈りを捧げると、光に包まれたコーヘイは活力を取り戻したかのように、盾を握る手に力を込める。
その隙を狙って、近くの岩場に身を潜めていた一匹の魔物が僧侶に奇襲しようとしてきた。犬の頭に鱗を持つ二足歩行、コボルドだ。ゴブリンよりはハンサム顔だが、俺たち冒険者にとってはどっちも放置してると危険な魔物である以上、顔で差別はしない。等しく討伐対象だ。
「そこか」
コボルドが飛びかかる軌道を読んで、射線を置くように銃弾を放つ。そこへ飛び込んだコボルドは空中で弾かれたように吹っ飛び、元いた岩場にもんどり打って倒れ込む。ピクリとも動かないところを見ると、今の一撃が致命弾となって即死したと見ていい。
「ナオ、さっちん、青ボトルの残りはどれくらいだ?」
荒野の開けた大地、その岩場に油断なく視線を走らせながら、魔術師と僧侶にそれぞれ声をかける。
「こっちはまだ余裕があるな。今日買いこんだばっかりだし。在庫の心配するとしたらさっちんだけど」
女エルフの魔術師──ナオはちらりとポーチに目をやり、応える。一方の僧侶、さっちんは、
「んー……残り5個で足りるかな」
と、若干の不安を顔に浮かべた。
眼の前の魔物の群れに視線を向ける。残りは十数体。さっきナオが叩き込んだ一撃は6体近くを消し炭にしていたから、俺がコーヘイの守りを抜けた奴を潰しつつ、ナオがさっきと同じ魔法を2回ほど叩き込めばジ・エンドってところだろう。
余裕で足りる。俺たちにはそれだけの力はある。
「まぁ余裕でしょ。とりあえずさっちんはコーヘイにバフかけて、一旦下がって青ボトル1本飲んどきな」
「オッケー、後は皆の状況次第って感じね」
ナオの指示にこくり、と頷くさっちん。
現在、俺たちの指揮を取れる立場にいるのはナオだ。この中で最も経験が豊富というのもあるが、ナオのポジションは魔物の状況と俺たち全員の状況を俯瞰で見ることができる。
前衛のコーヘイは眼の前の魔物を通さないことを考えている。俺たちの状況に気を配る余裕はない。
俺は狙撃要員として、コーヘイの守りを抜けてきたやつの索敵に全神経を注いでいる。味方と敵の位置関係に注意を払っているが、他のことに思考を割くことは無駄に繋がる。
さっちんは味方の状況に注意を向ける必要があり、敵への対処に思考は割けない。
味方への支援と火力の両方を担当する必要があるナオは、彼我の状況を把握した上で、今攻撃をすべきか、味方に支援魔法を飛ばすかの判断を常に求められている。ナオだからこそできる、ナオにしか不可能な芸当というわけだ。
言い換えれば、ナオの指揮があるからこそ、残る3人は自分の仕事に集中できる。俺にとってはこの上なくありがたい。余計なことを考えずに済む。
「コーヘイとさっちんはバフの残り時間に注意な。バフが切れたら速攻でかけ直すこと。レイはさっちんと俺を狙う敵を最優先でマークして欲しい。誰か一人でも欠けたら戦線が崩壊するから、最後まで油断するな」
ナオは皆に指示を飛ばしながら、俺に支援魔法を飛ばす。身体に力が漲り、感覚が研ぎ澄まされていく。これで百人力だ。どんな魔物だろうが一発で仕留めてやる。
「とっとと片付けるぞ!」
ナオが檄を飛ばし、俺たちは魔物の群れに挑みかかった。
◆
隕石群が降り注いだ後、砂煙の中から1体の魔物が蠢くところを俺が狙撃し、俺達の狩りは終わった。
「おつかれー!」
4人分の、互いを労う声が荒野のど真ん中に響き渡る。
やれやれ、本当に疲れた。俺も含めて、皆神経をすり減らしながら戦っていたと思う。
「あ、もうこんな時間か。明日早いんだよな。落ちるわ」
コーヘイがちらりと腕に目を落として、慌てたように言う。
「明日ってなんかあったっけ」
「大型大会。遅れるとチームメイトにどやされちまう」
ナオが首を傾げると、コーヘイは頬を搔きながら理由を説明した。
「配信あるんだっけ? 暇があったら見るよ」
「頑張ってね」
「前日に付き合わせて申し訳なかったな」
俺たち3人はめいめいに声をかけ、コーヘイはそれに応えて手を振りながら光に包まれて消えた。
さて、これで俺たち3人になったわけだが。
「コーヘイの大会、お前は見れないんだったよな」
「あぁ、正直残念だ」
ナオがぽつりと呟き、俺は頷く。
「あれから結構時間は経つけど、まだ実感なくて……その、確かにボイスチャットの声は聞こえるのよね。実際にログインもしてるし」
「ほんと、どうしてお前はこうなっちまったんだよ、レイ」
目の前のナオとさっちん──本名、祐天寺ナオトと町田サトミの2人は、どんな思いで俺の
荒野を吹き抜ける風が肌にしみる。
あぁそうだ、本来なら感じることがない。風の感触も、銃の反動も、魔物の耳障りな声も、全部0と1で出来た作り物だったはずだ。なのに、なぜ。
「どうしてこうなったのかは俺が一番知りたい……ただ、事実だけはいくらでも再確認できるからな」
俺はため息をついた。あいつらは俺の姿がどう見えているのか。
俺からは、あいつらの表情まで感じ取ることができる。だが、この俺・レイ──本名・神田レイはここにいて、あいつらはここにいない。
それでも、この事実は確認しなきゃいけないだろう。俺が本来向こう側の住人であることは、俺自身が一番覚えてないといけないから。
「俺がこのゲーム『パンゲア紀行』の世界に閉じ込められたこと。ここから脱出するためには、攻略者皆無のメインシナリオを攻略しなきゃいけないってことがな」
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