ユニコーンに非処女を乗せたらどうなるのか試してみた

R・S・ムスカリ

プロローグ

序幕

 ユニコーンとは?


「白く輝く角を持つ、世にも美しき白馬――

 童話や伝承には、よくそう語られている一角獣です。

 霊獣、聖獣、幻獣、などと大仰に呼称する文献もありますね」


 どこに行けば会えるのでしょうか?


「自然の瑞々しい場所を好むと言われています。

 とは言え、砂漠近くの荒野でも目撃された例はあります」


 処女との関係性は事実でしょうか?


「ああ、ユニコーンは乙女の前では大人しくなる、というアレですか。

 ご存じでしょうが、ユニコーンは見た目にそぐわぬ荒々しい性格の持ち主です。

 いや……雄々しい、と言うべきでしょうか。

 悪意を持たずとも、不用意に近づく者は好戦的に排除します。

 命乞いは通用しません。

 確実に相手を殺すために、急所を執ように狙ってきます。

 あの角で突かれれば、甲冑で身を守っていても無事で済むかどうか」


 噂に聞くユニコーンとは、印象が違いますね。


「噂なんて、そんなものですよ。

 特にユニコーンのように目撃例の少ない獣は、人間に都合のいい解釈ばかりが世に広まっていくものです」


 話を戻しますが、ユニコーンと処女――乙女の関係性について。


「ああ、そうでしたね。

 ユニコーンは乙女にしか気を許さないという伝説が有名ですが、実際問題、あのような狂暴な獣が、乙女の前だけ都合よく大人しくなるものでしょうか」


 その伝説は、捏造だと?


「そう考えるのが妥当でしょう。

 そもそも目の前に現れた乙女が、処女かどうかなんてどうやって知るんです?」


 匂いでわかるとか、魂を見るとか……?


「ははは。あなたは、ずいぶん浪漫主義でいらっしゃる。

 ユニコーンは、伝承に脚色されたような特別な生物ではありません。

 つがいがおり、子を産み、寿命で死ぬ。人間と変わらぬ動物ですよ。

 角やたてがみは、優秀な鍛冶職人の努力で素晴らしい一品に仕上がりますが、その血を飲んで不治の病が癒せるなどは、まったくの迷信です。

 伝説の裏側というものは、得てしてそういうものですな」


 冒険家には、耳の痛い話ですね。


「夢や浪漫を純粋に追えるのは、あなた方冒険家の素晴らしいところです。

 いや、皮肉ではなくてね。

 私も彼と直接会うまでは、冒険家を夢見ていました」


 ……あなたの傷も、ユニコーンに?


「ええ。悪意も敵意もなかったのですがね。

 ただ伝説のユニコーンに出会った感動で、不用意に彼に近づいてしまった。

 当時の私は、8歳の冒険家を夢見る純朴な少年でした。

 その時、一緒にいたのは、幼馴染との婚約が決まったばかりの姉でした」


 失礼ですが、そちらに立てかけてある肖像画は……。


「私と姉と両親です。

 この肖像画は、姉の嫁ぎ先が決まった時に描いてもらったのです。

 彼女の肖像画は、これひとつなものでね。

 こんな歳になっても、彼女の顔を忘れたくなくて……捨てられない」


 ……。


「失礼。話を戻しましょう。

 私と姉はユニコーンに近づきました。

 その雄々しいたてがみに触れようとした時、突然、けたたましい鳴き声をあげ、ユニコーンが暴れ出しました。

 姉は強烈な蹴りを受けて、臓器をすべて吐き出しました。

 骨は粉々……あの美しい姉の顔が恐怖におののき、硬直していました」


 その後、あなたはどうされましたか?


「姉を助けようと、彼女に駆け寄りました。

 それが合図となったかのように、私もユニコーンの攻撃を受けました。

 最初の一突きは、子供の体格が幸いして右肩に反れました。

 右腕はちぎれ飛び、恐怖と苦痛に背を向けて逃げ出そうとした私の両足は即座に薙ぎ払われました。まるで剣のような切れ味でしたよ。

 最後に、彼は地面を這いつくばる私の腹部を貫きました。

 私がこうやって生きているのは、まさに奇跡ですね」


 ……ユニコーンは、なぜそこまで残虐なことを……?

 逃げればいいのに、彼にとってはメリットがないように思えます。


「ユニコーンは知能が高い。そして、プライドも高いのでしょう。

 凛とした精悍な姿を彼ら自身好むようで、それを乱されることを嫌います。

 彼の場合、品のない足蹴りを目撃した私の存在を消したがったのだと思います。

 あれからユニコーンの研究を続けて、今はそう解釈しています」


 ……お姉さんは婚前で……その、処女だったのですか?


「うちの両親は厳格でしたからね。

 姉自身も、貞操観念は強かったです。

 将来の夫もそういう妻を求めていましたし」


 あなたの著書では、他にも処女がユニコーンに殺されるエピソードを扱っていますよね。

 それはすべて事実を基にしているのでしょうか。


「もちろん。

 しかし、こういった夢を壊す現実は世間には受け入れられないものでね。

 私の著書はどうにも売れなくて……一方で、ユニコーンの騎士がヒロインを助けに魔王討伐に赴くような小説は需要があって困りますよ」


 それは研究家としても頭の痛いところですね。


「歪曲した事実が流布される現実がね。

 あなたもユニコーンを捕まえるのが目的なのであれば、甘い考えは捨てなさい。

 少なくとも生け捕りは無理です。

 彼らの本性は、冒険家であるあなた方の想像の上を行く」




「彼らは人間を憎んでいる。

 無理に関わろうとすれば、彼らは殺意を持って応えるでしょう」

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