怪談暗中指示箋模索

エリー.ファー

怪談暗中指示箋模索

 悲しいことに、転生する前の記憶はない。

 何故か。

 それが私にとっては不幸となって働いた。

 意味もなく、人を殺すという言葉が脳裏をよぎる。

 悲しいかな。

 悲しいかな。


 僕は勇者だ。

 今、日記を読み終えた。

 そして、それはこの世界で、連続殺人鬼として動き回る男のものだった。

 僕は転生して、この異世界にやってきて勇者となった。

 この男も僕と同じ世界から転生してきたのだろう。

 だが。

 時間があまりにも違かった。

 この男は。

「江戸時代の男だ。」

 そして。

「人斬りだ。」

 いわゆる、辻斬である。

 そんなことを趣味にする人間の気持ちなんてものは気が知れないけれど、このようなものが異世界に放たれてしまったことはもう変えられない。責任を取るなどという大それたことは言えないが、けじめはつけるべきかもしれない。

 同郷、ではあるのだ。

 時間も場所も、おそらく全く違うものではあるのだ。

 僕の勇者としての能力は決して低くはない。

 ただ、その辻斬は昨晩だが。

 もう、魔王を殺してしまった。

 この異世界を破滅へと導く魔王を殺したのである。

 一太刀で、右の肩から左のわき腹へ。

 断面や毛羽立っていない肉片から見るに間違いなく、一瞬であったと推測される。

 魔王は目を開けたまま絶命し、その周りにいた、手下の怪物たちも、首をはねられ、手足を切断され、下顎を引き裂かれたような状態で発見された。

 世界は、確かに。

 平和にはなったのだ。

 一応、辻斬が世界を救ったことになると厄介であるという判断が下され、僕が魔王を倒したことにはなった。王様から建前上報酬をもらい、パレードも行った。僕は英雄から伝説の英雄へと称号を変える。

 しかし。

 こうして、この男が住んでいたとされるあばら家に来てしまっていた。

 日記を閉じてあたりを見回す。

 人骨と怪物の骨が転がっている。ここに引きずり込み、殺していたのだろう。おそらくだが、この異世界で自分の斬り方が通用するのか不安だったのではないだろうか。骨の位置や筋肉の位置、どの部分が弱いのかなど、自分の常識が通じるかどうかが気になったに違いない。

 この場所は住居兼、実験室と言えるのかもしれない。

 真面目な性格の男なのだと思う。

 そして。

 大体、真面目な性格の人間というのを侮ると痛い目を見る。

 実力のある人間よりも、遥かに恐ろしい存在になる。

 というか。

 もう、真面目、というだけでそうなってしまっている。

「貴様、何奴。」

 背後で声がする。

 体が揺れ。

 僕の腹部から日本刀が突き出ているのが確認できた。

 血が溢れ出る。

 僕は静かに目を瞑り、息を長く吐くと顔をしかめた。

 込み上げてくる血をたっぷりの間を持って吐き出す。

「僕は、勇者だ。」

「そうか。」

「何故、人を殺すんですか。」

 その瞬間。

 腹部の日本刀が抜かれ。

 首の右あたりに刃先が当たった。

 そこから一気に熱を感じると、噴き出る血が前を向いているのに確認できた。


 魔王なるものを殺す。

 殺したものの、何一つ変わらぬ。

 勇者も殺す。

 時は知らぬが、間違いなく殺した。

 久方ぶりに人に会ったような心地になる。

 首だけを切り取り、それを裏手でとった漆の溜まる樽につける。

 故郷の香りがする。

 余りにも懐かしく涙がでる。

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