西暦20XX年.相撲界に魔王君臨

明石竜 

第1話

「ひがあああしいいい、つるぎいいいだけえええ。にいいいしいいい、

まおううううう」

 西暦20XX年、大相撲初場所十三日目幕下最後の取組。

 呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、東幕下筆頭でこ

れまで五勝一敗の剣嶽と、西幕下五枚目で六戦全勝の魔王は二字口から

堂々と土俵に上がった。両者向かい合って一礼し、仕切りを繰り返す。

 場内アナウンスで両者の四股名と出身地、所属部屋が紹介されると、

「お父さん、魔王だって。悪魔の王様がお相撲さんになってるよ」

 五歳か六歳くらいの男の子が、一緒に観戦していた父親に向かって嬉

しそうに話しかけた。

「四股名が魔王かぁ。幕下の取組なんて普段全然見てないからこんなお

相撲さんがいたこと今初めて知ったよ。そういや昔、大魔王っていうお

相撲さんもいたな」

「大魔王って、魔王の中で一番強いやつだね」

「翔、よく知ってるな」

「先生が言ってたもん。お父さん、大魔王は横綱だったんでしょ?」

「いや、大魔王は横綱にはなれなかったんだ」

「えっ! 一番強いのにどうして?」

「大魔王は悪魔の世界じゃ一番強かったんだけど、お相撲さんの世界じ

ゃもーっと強いのがいっぱいいたのさ。翔は幼稚園の運動会でかけっこ

一番だったけど、電車やチーターにはかけっこ勝てないだろ?」

「うん、絶対勝てないよ」

「つまりそういうことなんだ」

「じゃあ魔王も相撲は弱いのかな? 魔王はどっち?」

「西方だから右にいるお相撲さんだよ」

「右なの? 小さくて本当に弱そう」

「そうだな。剣嶽の方が体大きいし魔王より強そうな四股名だもんな」

 楽しそうに会話を弾ませる父子。

 別の観客席では、

「魔王、今日も勝ったら全勝優勝で前相撲からの関取昇進最速タイ記録

確実やな。負けても99パー昇進やろうけど。そういや魔王って入門以

来まだ一度も負けてないよな」

「ああ、未だ無敗なんだぜ。しかも中学出てすぐ入門したからまだ15

歳ってのが恐ろし過ぎる」

「まさに“魔王”やな」

「でも魔王も今日はたぶん勝てんわ。剣嶽、俺の大学の先輩で学生横綱

のタイトル取っとるし」

「そりゃ厳しいな。剣嶽が勝ったら6人で決定戦になるし、その方が面

白いかも」

 大学生二人がこんな会話を弾ませ、勝敗の行方を見守っていた。


 いよいよ制限時間いっぱい。

「待ったなし、手を下ろして」

 行司からこう告げられると両者、ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取

った後、仕切り線に両拳を付ける。

「はっけよぉい、のこった!」

 軍配が返され、いよいよ立合い。

 その約五秒後、

「うわっ、すっげえ」

「素早っ!」

 さっきの大学生二人、

「お父さん、魔王めちゃくちゃ強いね」

「うん。しかもあんなにあっさり勝つとは」

 父子が相当驚いていた。

 魔王は174センチの自分よりも20センチ近く背の高い剣嶽を全く

物ともせず。張り手を繰り出してきた剣嶽の腕をサッと掴んで両手に抱

え、引っ張り込んで捻り倒したのだ。剣嶽は全く何も出来ず魔王の圧勝

だった。

 魔王、二場所連続七戦全勝で幕下優勝。序ノ口時代から数えると五場

所連続全勝優勝だ。

 両者、再び向かい合って一礼。敗れた剣嶽、首を捻り苦笑いしながら

土俵から下りていく。魔王、行司から堂々の勝ち名乗り。

 決まり手は『とったり』である。

「魔王も関取昇進を機に平凡な四股名に変えるんやろうな」

「恐らくな。変えてほしくないけど」

 花道を下がっていく魔王を眺めながら、大学生二人はこんな会話をし

合った。

 

 春場所。大学生二人が予期した通り、魔王は四股名を自分の出身地に

ちなんで伊予桜と変えた。東十両八枚目で迎えた今場所も快進撃が繰り

広げられるかと思われた。

 だが、十両力士に格の違いを見せ付けられ初日から六連敗。場所中に

膝に怪我も抱え結局三勝十二敗と大きく負け越し、一場所で幕下へ陥落

してしまった。そして四股名も魔王に戻したのであった。

 すると夏場所、西幕下三枚目で七戦全勝優勝を果たし一場所で十両に

復帰することが出来た。そのため験を担いで四股名は魔王のまま戻さな

かった。

 それからの快進撃は本当に凄まじかった。名古屋場所、なんと十五戦

全勝で十両優勝。次の新入幕の秋場所でもいきなり十四勝一敗の好成績

で大金星と幕内優勝を飾り、九州場所で早々と新三役へ。

 それからの三場所の成績十二勝三敗、十三勝二敗、十五戦全勝優勝で

文句なしの大関昇進。大関も僅か二場所で通過し、17歳5ヶ月の史上

断トツ最年少で横綱へと昇進した。

 その後も金星無配給、83連勝、十連覇、幕内優勝45回など数々の

歴代記録を更新して行き、史上最強の無敵横綱と評されて惜しまれつつ

引退した。

 幕下に陥落し四股名を魔王に戻して以来、現役を引退するまでその四

股名を変えることはなかったのである。


「彼の顔がシューベルトに何となく似てたから半分ふざけて付けたけど、

四股名通りの実績を作っちゃったね」

 魔王という四股名を命名した、当時の親方は笑いながら語る。

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西暦20XX年.相撲界に魔王君臨 明石竜  @Akashiryu

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