幕間② 兄の決心
俺が七歳の時、つまり母さんが亡くなった時、そして同時に父さんと離れて暮らすようになった時、大事な人が俺の側から二人も同時に離れていって、まだ小さかった俺は、悲しくて、辛くて、それでも父さんに喜んでほしかった。
だから子供なら当然しただろう、『どうして俺は父さんと一緒に暮らせないの?』などという質問はしなかった。
当時の俺は分かっていたんだ。今、きっと俺は父さんと母さんの邪魔をしたらいけないんだ、俺は不要なのだ、と。
勿論、高校生の俺ならそんな間違った解釈はしない。父さんが俺のことをいらないなんて思っていなかったことぐらいは分かる。
ただ、間違った解釈をした七歳の俺にはショックが大きすぎた。
母さんが亡くなり、父さんにはいらないと思われ、身近な人がいなくなって、俺は人の気持ちが怖くなった。
裏切られるのが怖くて、身近な人をつくりたくないと思った。同じような経験をした星華、ただ一人を除いて………。
星華は小さい頃からよく男子に告白されていた。
それも当然、星華は小さい頃から容姿が整っていて、何より、誰にでも優しかったからだ。
対して俺は、全くもってモテなかった。
これも当然、身近な人をつくって裏切られるのが怖かった俺は常に心の中ではバリア全開。人から好意をもたれないように、いつも上辺だけの関係を築いていたからだ。
そんな俺に向けられた声は、『星華ちゃんのお兄ちゃんなのに、和真くんはなんか普通だよね』や、『妹の星華ちゃん、何でも出来て凄いね』とかそんな感じの、いつも星華と比べられる内容だった。
星華が褒められるのは嬉しかった。
でもそれと同時に、いつも求められるのは星華で、俺は誰からも求められていないのだと、自分が望んだ結果だと分かっていても劣等感を感じていた。
高校に入り、蒼馬と出会った。
蒼馬は──────って、もう言う必要はないだろうが、それはもうもの凄くモテる。
そんな蒼馬と俺が友達になったのは、蒼馬には非常に申し訳ないが、はっきり言って人避けの為だった。
もう一度言うが、蒼馬はもの凄くモテる。
そんな蒼馬が近くにいれば俺に好意を抱く人なんて現れないだろう、最初はそんな考えから蒼馬と友達になったのだ。
しかし、今では軽口も言い合える仲になっている。もう蒼馬は俺の身近な人、大事な人の中に入ってしまっているだろう。
ただ、それは俺が、蒼馬は友達を裏切ったりするような人ではないと十二分に理解しているからだ。
俺ももう高校生。小さかった頃の俺とは違う。
小さい頃のトラウマは残りやすいと言うが、たとえ少しずつでも克服していかなくてはいけないだろう。
だから俺は蒼馬との関係が深まることを拒まなかった。
そして遡っていた話は今日まで進み、ラブレターを発見した俺はユキちゃんからの好意を拒み続けていた。
理由は先に挙げた三つ──────裏切られる怖さ、心の片隅にある誰からも求められていないという気持ち、完璧な妹と完璧な友達の存在──────だ。
そして、そんな気持ちを抱えたまま俺はユキちゃんから告白されていた。
友達になるのに許可は取らない。しかし恋人になるには相手の同意が必要だ。
他人から向けられる好意を受け入れるのはまだ怖い。
それでも……。
恋人になれば裏切られることがあるかもしれない。
それでも………。
それでも、俺はユキちゃんの真剣な表情を見て気づいてしまったのだ。
俺が今考えているのは、告白を断る為の言い訳でしかないことを。始めから告白を受け入れる気が全くないことに。
これではユキちゃんに失礼だ。
変わらなくてはいけない、克服しなくてはいけない……。
これはむしろユキちゃんが与えてくれたチャンスなんだ。
しかし、俺はユキちゃんのことを何も知らない。
だから俺はひとまず保留という選択を取った。
「大丈夫、克服できる。こんな邪魔なトラウマとはお別れしなきゃな」
この保留は逃げじゃない。
むしろ攻めの一手。
「お兄ちゃん、全然食事が進んでないけど大丈夫?昼休み終わっちゃうよ?」
と、俺がトラウマへの宣戦布告をしたところで、ちょうど良く星華が肩を揺すって来たことで俺の思考は中断された。
ふと時計を見ると、昼休み終了五分前。
心配そうな顔をした星華に大丈夫だと伝えると、いつぞやの日と同じように今日も俺は必死に昼飯を掻き込むのだった。
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