第6話 食堂ランチ
朝、いつものように星華と学校で別れ、それぞれ別々の教室へ向かう。
俺たち兄妹の学校生活は毎日ここから始まる。
学校が始まって一週間ほどが経ち、ようやくクラスの雰囲気が落ち着いてきた。
「あ、おはよう和真」
俺が教室の扉を開けると、それに気がついた蒼馬が柔らかな笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
この挨拶も学校が始まってから毎日続いている。勿論一年の時からずっとだ。本当に良い友達を持ったと思う。
「おはよう、蒼馬」
俺も笑顔で挨拶を返す。
すると蒼馬は「うんっ」と言って、より一層弾けた笑顔を見せる。
美少年に笑顔を向けられた俺はというと、思わず『俺と付き合ってくれ!』なんてことは言わない。それはもう過去に言った。
だから俺は机のサイドにスクールバッグを掛けながら、「放課後に婚姻届を提出しに行こう」とだけ言っておく。
すると蒼馬は『また今日もやるんだね』という顔をしてから、
「僕たちまだ結婚できる年齢じゃないし、現時点の日本では同性婚も認められてないし、そもそも僕は同性に恋愛感情を抱かないみたいだから、ごめんなさい」
と、ニコニコと笑いながら淡々と言った。よし、今日もバッチリ。
俺たちの朝の挨拶はここまでがセットだ。
午前の授業が終わると、俺は蒼馬と二人で教室を出た。
今までは二人で食べていたが、今は星華と瑠依花ちゃんと一緒に食堂で食べることにしている。
これは瑠依花ちゃんが提案してきたことだ。「兄どうし、妹どうしで食べているなら、どうせなら四人で一緒に食べませんか?」とまあ、そんな感じだ。
俺も蒼馬も拒否する理由がなかったので今に至る。
「あ、お兄ちゃんたちだ♪」
教室を出た先の階段で星華が声を掛けてきた。勿論、瑠依花ちゃんも一緒だ。
「今から食堂行くところ?一緒に行こうよ♪」
同じ場所に向かうんだ、別に断る理由もないので俺たちはそれに応えて一緒に歩き出した。
「あの二人、本当に付き合ってないんだよね?」
「そうらしいですね」
和真と星華ちゃんの新戸兄妹と、妹の瑠依花と一緒に食堂へ向かっている中、僕は前を歩く新戸兄妹を見ながら瑠依花に聞いた。
「『らしい』ってことは、瑠依花も二人が付き合っているように見えるってことだよね」
「そうですね、私には付き合い始めて二年目のカップルにしか見えません♪」
「あはは、やっぱりそうだよね」
瑠依花も僕と同じ考えらしい。
まあそれもそうだろう、和真の腕にそっと自分の腕を絡めてぴったりくっついて歩く星華ちゃんと、それを全く気にせずにスマホ画面を見続けている和真。
和真と星華ちゃんが兄妹だと分かっていても疑うレベルなのだから、二人が兄妹だということを知らない人が見れば、『わ〜、仲の良い兄妹だな〜』などと思う人はまずいないだろう。
「でも蒼馬くん、疑うのはお二人に悪いですから、余計な詮索は駄目ですよ」
「そうだね、二人は本当に仲の良い兄妹だね」
「ふふっ、微笑ましいですね」
新戸兄妹を見ながら、僕ら岩谷兄妹も並んで後ろを歩いた。
食堂に着いて席を確保した俺たちは、席で待機する係を決めるために蒼馬とじゃんけんをして、今日は俺が勝ったため、星華と瑠依花ちゃんを連れて券売機へと向かう。
俺たちが通う海ノ原高校の定食のランチメニューは三つだけ。
Aランチ、Bランチ、Cランチがあり、曜日ごとにそれぞれのメニューは変わる。
例えば今日は木曜日だから、Aランチは中華丼に卵スープが付いた『中華定食』、Bランチは焼肉丼に野菜スープが付いた『焼肉定食』、Cランチは鯖の味噌煮丼に味噌汁が付いた『三十路の独身が作った味噌味噌定食』だ。
どう考えてもCランチの名前だけ異常におかしいが、ヘルシーだが満足感があって凄く美味いため、とくに女子生徒からの支持が高く、木曜日の人気メニューになっているらしい。あぁ、いつかこの人が特別な人にご飯を作る日が訪れますように………。
そんなことを考えながら俺はBランチの焼肉定食(大盛り)のボタンを押す。いや、Cランチじゃなくてホントすいません、魚の骨取るの苦手なんです………。
蒼馬にはAランチ(大盛り)を、星華と瑠依花ちゃんはCランチを頼んだ。
そして素早く用意された定食を持って蒼馬の待つ席へと戻る。
「和真は焼肉定食?」
蒼馬が待機してくれていた席へ戻ると、文庫本を読んでいた蒼馬が顔を上げて聞いてくる。
「あぁ、今日は肉が食べたくてな」
俺は蒼馬に中華定食を渡しながら答える。
「あはは、『今日は』じゃなくていつもでしょ?食堂で食べるようになってから、和真がお肉以外の定食頼んでるの見たことないよ。いただきます」
「いつもは魚の骨を取るのが苦手で頼まないだけだ。いただきます」
俺がそう言うと、蒼馬が『え、何それ冗談だよね面白い』というような顔で、いや、まだそんな顔はしていないが、そもそも優しい蒼馬はそんな顔はしないが、今にもそんな感じの顔をしそうなぐらい驚いた様子で俺を見ていた。
そしてそんな蒼馬から発せられた言葉はというと、
「………和真、食堂の魚メニューは全部骨取ってあるよ?」
………え、そうなの?俺二年生なのに初耳なんだけど?
「券売機の横に貼ってある紙に書いてあるの知らない?一年の始めの方にプリントでも配られてたけど………、そういえば和真はプリントは見ないでそのまま保護者に渡す派だもんね」
そんなプリント配られたかなー?と、少し考えてみるも、蒼馬も言ったように俺はプリントは見ないでそのまま保護者に渡す派なのだから思い出せるわけがないっておい待てなんだその派閥。俺にぴったりすぎて、ついノリツッコミしちゃったじゃないか。
「全く知らなかった。それなら今度からは魚メニューも頼めるな」
学校に通い始めてから一年が経っているというのに、まだ新たな発見があるとは思わなかった。
ちなみにだが、星華と瑠依花ちゃんにも聞いてみたところ、『そのくらい知ってるよー、実際に頼んで食べてるしね〜』、『知ってますよ、この学校では常識ですよね』と、二人とも既に知っているようだった。というか常識なの?もしかして知らないの全校生徒で俺だけ?わーお………。
「魚メニューのCランチを頼まなかった理由は分かったけど、中華丼とか野菜炒め丼とかが食べれるAランチはどうして頼まないの?」
「Aランチには肉も魚も入ってないだろ?だから、なんか満足感が無さそうでさ。どうせ食べるなら肉か魚がないと食べた気がしないだろうと思ってな」
「あはは、僕は中華丼が食べたかっただけでベジタリアンじゃないけど、ベジタリアンが聞いたら叱られそうな意見だね」
「確かにそうだな」
俺はベジタリアンを批判しているつもりは断じてない。むしろ健康志向で凄く良いと思う。
たが、育ち盛りの男子高校生の俺はやはり肉か魚が使われた料理を食べたいと思ってしまうのだ。
「そんなことよりお兄ちゃん、もうみんな食べ終わったから教室戻るね?」
「え、もうそんな時間?」
時計で時間を確認するが、昼休みが終わるまであと二十分はあった。
いつも教室に戻る時間は昼休みが終わる五分前だから、まだだいぶ早い。
てか、俺はまだ食べ終わってないんだが……。
もしかしたらこのあと星華はやることがあるのかもしれないと思い、俺は焼肉丼を一気にかき込み、その勢いで野菜スープも平らげる。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした!星華、もう戻るのか?」
「………むーっ」
「せ、星華さん?」
「………ふーんだっ」
なんで急に星華は怒ってるんだ!?
俺何かしたかな………あ、まさか星華ってベジタリアンだった?
いや、そんな話は聞いたことがない。
でも、もしもベジタリアンだったとしたら?
「和真さん和真さん」
俺が困惑した表情を浮かべていると、瑠依花ちゃんが小さい声で話しかけてきた。
「な、なあ瑠依花ちゃん、星華って実はベジタリアンなのか?」
「へ?違うと思いますけど…………」
「じゃ、じゃあどうして怒ってるんだ!?」
俺の唯一思いついた答えが『星華は実はベジタリアンだった』である以上、それが違うと言われればもう何も思い浮かばない。
「星華ちゃん、多分和真さんともっと話したいんじゃないですかね〜。食堂に来てから和真さんがずっと蒼馬くんと話してるからだと思いますよ?」
「そう、なの?」
「はい、絶対そうですっ」
う〜ん、女心、妹心って分からん。
「ん、でもそしたら瑠依花ちゃんも、ずっと蒼馬が俺と話してたから蒼馬に怒ってるってことにもなる?………瑠依花ちゃん、ごめん」
「あ〜、いえ、私はとくに………。これは星華ちゃん限定、と言いますか〜………なんと言いますか〜………」
瑠依花ちゃんがなんと言ったのかうまく聞き取れないが、とりあえず許してもらえてはいるみたいなので良しとしよう。
「星華、ごめんな。まだあと十五分もあるし、これから話さないか?」
「むーっ、私、三十分も待ってたよっ」
「ごめんごめん、でも、星華とは家でも話せるけど、蒼馬とは学校でしか直接話せないだろ?」
「…………」
あれ?もしかして今のは言い訳だと捉えられた?いや、実際言い訳みたいなものだけど……。
「………そっか。………そうだよね、私たちは家でもずーっとずーっと話せるもんねっ♪ふふんっ♪」
よっしっっっ!!なんだかよく分かんないけど、とにかく機嫌を直してくれて良かった。
「それで星華、何話そうとしてたんだ?」
「ん〜、なんにもないよ?だからお兄ちゃんが決めてっ♪」
「話したいことないんかい!!」
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