つながり

小石原淳

第1話 SNSって何?

「もう何年も前のことじゃないの」

 わめき疲れた加藤早麻理かとうさおりは、かすれ気味の声でそう主張した。

「古い話をいつまでもぐちぐちと。時効でしょ、時効」

「そんな言い訳、通ると思ってるんだ? ふうん」

 犯人は静かに評した。こちらの声は、早麻理の不意を突いて拘束したときから一定のトーンを保っている。

「そっちには終わったことでも、私にとっては続いている。ずっと」

「知らないわよ。引き摺ってるから、そんな根暗な感じになったんじゃないの」

「加藤さん。君って確か、小さい頃は筆ペン講座を受けていたんじゃなかった? 字がきれいなのを自慢にしていた」

「そんなこともあったわね。それがどうしたっていうのよ」

「字がどれだけきれいでも、心は醜い人って本当にいるなと思って」

 犯人は手ぬぐいを使って、早麻理の猿ぐつわとした。都会の雑居ビル、その地下階にある一室で、防音はしっかりしている。とは言え、最期の瞬間を迎える連中のやかましさと言ったら、耐えがたい。静かに逝ってもらうために、三人目からは猿ぐつわを噛ませるようにしていた。

「むー、むー」

 多少抵抗した早麻理だったが、後ろ手に手錠をされ、両足首もダクトテープでぐるぐる巻きに固定されている。とても抵抗できる状態ではなかった。

「さて。この犯行のために鍛えてきた腕力を、また使うとしようかな」

 わざと聞こえるように呟くと、犯人は指を鳴らした。

 すでに舞台は整っている。剥き出しの状態で天井を縦横無尽に走る配管。その一つから、丈夫な虎ロープが垂れ、先端には輪っかが作られていた。ちょうど大人の頭が通るサイズの輪だ。そしてその下には、背もたれ付きの白い木製椅子。

 犯人は早麻理と向き合う位置に立つと、彼女の身体を抱え上げた。そのまま白い椅子まで運び、座らせる。

「むー! むー!」

 柱に結わえ付けていた、虎ロープのもう一方の端をほどき、輪っかの位置を下げた。早麻理の頭を突っ込むのに適した高さにしてから、他端を柱に結び直した。

「むー! むー!」

 犯人は輪っかを早麻理の頭にくぐらせ、頸部まで下げると、再び柱のところまで戻った。

「それでは、ほぼ同等の苦しみを味わいながら、死んでください」

「むー! むー! むー!」

 犯人は力を込めて、ロープを引いた。早麻理の身体が一気に引き上げられる。緊張した筋肉の腕は、慣れた動きで新たに生まれたロープのたるみを、柱にぐるりと巻き付け、さらなる結び目を作った。

 犯人がロープを引き始めてからおよそ一分三十秒後、早麻理の身体は痙攣を止めた。

「あと二人」

 ターゲットの絶命を確かめた犯人は独りごちながら、現場の片付けに掛かった。

「そろそろ勘付かれるかな。気付かれにくいであろう順番を考えつつ、なるべく罪の重い順番に処理することも満たそうとしてるんだから、段々と厳しくなってくる。でも、全員に命で償わせたい」


             *           *


「加藤早麻理、二十歳。都内の大学に通う二年生です。金曜日には講義に出席していたそうなんで、死んだのはこの土日ということになりそうです」

「うん? 講義に出席してたって、誰の証言よ? 早すぎないかしら」

 沢松雪子さわまつゆきこは部下の若い男性刑事の言葉を聞き咎めた。

北村海きたむらかいといって第一発見者の一人ですから、聞けたんです。同じ大学の学生ですし」

「なるほどね。でも、死んだのを土日に区切るのは勇み足。金曜の夜かもしれない。月曜の朝は……さすがにないか」

 運び出されていく遺体を一瞥し、沢松は言った。

 早く済ませてシャワーキャップを取りたい気持ちを抑え、現場の部屋を子細に見ていく。

 戸口に近い壁の下方に、ショートサイズのボールペンが転がっているのを発見した。折り畳み式の長テーブルの影になって、すぐには目に付かない位置にあった。

 キャップがされていない。部下を呼んで、参考までに意見を聞いてみる。

「これ、どう思う?」

「ボールペンですね。短めの」

「単なる落とし物か、加藤早麻理さんの死に関係あるか」

「うーん。キャップが外されているってことは、使われたってことで。ボールペンの下にほこりがあるから、ここに転がったのは最近。使われて間がないって感じですね。多分、関係ありそうです」

「同感。じゃ、回収よろしく。指紋とか期待できそうじゃない?」

「犯人の物とは限らないのでは」

「それはもちろんよ。被害者が使ったかもしれない……」

 話の途中で思い付いた。被害者が命の危機を察知し、犯人の隙を見てどこかに手掛かりを書き付けたかも?

 壁を、長テーブルが邪魔になっていない方向へ横へ横へとみていく。しゃがんだ姿勢のまま始めたものだから、カニのような動きだ。

「あった」

 人差し指でくいくいと部下を呼ぶ。沢松が壁に見付けたものは文字で、床から十五ないし二十センチの高さに書いてあった。濃いグレーの壁に、細字の黒ボールペンで書かれていたので、発見が遅れてしまった。

「何て読める?」

「ええと。アルファベットでSNS、ですかね。縦書きに」

「私にもそう読める」

 沢松は頷いてから、部下に尋ねた。

「SNSって何?」

「さあ。僕にも分かりません」

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