2.心頭滅却すれば誘惑も涼し

 ピンポーン


「おにーちゃーん」


 インターホンの直後、扉の外から萌絵の声が聞こえる。


「インターホン鳴らしてるんだから、外から呼ぶのはやめなさい」

「えへへ、ごめんね」

 扉を開きつつ萌絵を窘めると、本当に反省しているのか怪しげな反応が返ってくる。むぅ、自分の可愛さを武器としておるな。


 それはそうと、今日もビニール袋に何やらいろいろと持ってきているようだ。

「お兄ちゃん! お部屋の掃除ちゃんとしてる?」

「ぬぐ、」

「だと思ったので、今日は、お兄ちゃんの部屋をお掃除します!」

 もう、完全に"掃除をしていない"ということがバレている。いや、確信されている。


「お、俺も手伝うよ……」

「きっと道具も無いと思ったので、ここに準備してきましたっ!」

 今日のビニール袋は掃除道具一式だったようだ。中からは、雑巾、乾拭き用のワイパーシート、交換式のハンドワイパーなど、いろいろ掃除道具類が出てくる。


 掃除なんてどのくらいぶりかな。よし、やるとなったら頑張るぞ。


「あ、お兄ちゃん! いきなり掃除はまだだよ! まずは片付けからだから!」

「あ、ごめん」


「お兄ちゃん! 掃除は上からだよ! いきなり床から掃除したらダメ!」

「あ、ごめん」


「だめだよ、ちゃんと上に載っているモノを退かしてから拭かないと!」

「あ、ごめん」


「もぉー、あとは私がやっとくから、お兄ちゃんは私の部屋で待ってて!」

「あ、はい、ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 はい、俺は邪魔でした。



 俺は萌絵の指示に従い、萌絵の部屋へと移動した。萌絵から預かったカギで扉を開く。


「おじゃましまーす……」

 当然誰もいないのだが、何となく人の部屋に上がるということで、条件反射的にそんな言葉が出た。


「う、」

 いつもうっすら萌絵から感じる匂い、それが数倍濃厚に漂う。女の子の匂いだ。俺は玄関でしばし深呼吸をする……。うん、いつまでもここで止まってるわけにはいかないよね。


 靴を脱ぎ、中へ。部屋の構造は同じだ。ワンルームであるため、キッチンやリビング、寝室といった区切りは存在しない。足を踏み入れた先には、テレビや食卓、ベッドなどがあった。

 萌絵の部屋は、綺麗に片付けられており、俺の部屋のようにその辺に何かが落ちている、なんてことも無い。ポスターなどの装飾も無いが、ベッド脇やテレビの横など、ちょこっと置かれた可愛らしい小物類が"萌絵らしさ"を出していた。


 しばし立ち尽くす俺。これは……、非常に危険だ。この空間に存在するのは俺、ただ一人。家主は存在せず、この部屋は"俺"という侵入者に対して、完全に無防備な状態だ。


「いや、ダメだろ!」

 萌絵は俺の部屋を掃除してくれているんだぞ!? その萌絵を裏切って──

「く、クローゼット、どんな着替え持ってるのかな」

 勝手にクローゼット開けたらだめだろ!! 見るだけなら減らないし……、ってだめだろ!

「ベッドの匂い嗅ぐくらいならばれないかな」

 自分で言ってて引くわ! やってみたいけど、変態的すぎるわ!!


 俺は頭を抱え、全力で衝動の制御を行う。





「終わったよー……、って、なんで部屋の真ん中で正座してるの?」

「うむ、吾輩は精神修行の最中でござる」

「……え、誰?」

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