2

 エラルドたちは騒いでいる男たちを縫うようにしてその男のところまで近づき、一つ席を空けて隣に座った。ドレイクも同じようにしてエラルドの横に腰掛けた。

 すると白いシャツの男が口を開いた。


「…俺に聞きたいことがあるんだろう?」

 こちらを見ずにそう言いながら酒と氷の入ったグラスを傾けている。


 エラルドはその男を間近で見て、予想以上に若いことに驚いた。瑞々しい肌のハリは20代くらいにも見える。

 横顔を見る限り整った顔立ちで、わずかに頬にかかる黒髪は美しく整えられており、一見したところではこのような騒がしい場所が似合わない深窓の美青年を思わせた。


「…本当にお前がバルタザールか?荒くれ者が集まる過激派の最大派閥をまとめあげた男には見えないが。」

 エラルドの言葉に、その男はふっと笑った。

「疑うなら俺に銃口でも向けてみろ。まぁ、その瞬間お前は死んでるが。」

 顔に似合わないセリフを吐くと、バルタザールはグラスの横に置いてあった箱から煙草を1本取り出して口にくわえた。するとすぐに近くにいた男がさっとタバコの火をつけて下がった。


「…まぁ、偽物を使うならもっとそれらしい男にするだろうな。」

 エラルドは一人で納得したようにつぶやくと、煙草を吹かすバルタザールの横顔を眺めたまま続けた。


「単刀直入に言う。トゥラディアでのバルツァレク長官の殺害は無謀かつ無益だ。今すぐ計画を取りやめろ。」

 それを聞いてもバルタザールは何も言わずにそのままただ煙草を吸っていた。

「…特別行政法の改正が成立する前にヴァルツァレクを消したいという考えは分かるが、今戦いを仕掛けてもアトリアは負ける。俺たち反政府組織がバラバラのままだからだ。このままだと戦争の最中に内紛が起こってお互いに足を引っ張り合うことになる。そうやってかつての多くの反乱が失敗に終わったことは、レグルスとしても忘れてはいないだろう。6年前のように派閥の垣根を超えて一つになれなければ独立が成功する見込みはない。」


 するとバルタザールは前を見たまま煙草の煙を吐いてから、ゆっくりと反応した。

「…じゃあ聞くが、6年前のように反政府組織が一つになるきっかけを、お前は持っているんだろうな?」

 それに対しエラルドははっきりと答えた。

「我々アルデバランは、かつての遺恨を捨てて全ての反政府組織との協力体制にある。アルデバランの構成員は6年前と同数にまで増やした。国内外に工作員を派遣し、戦闘機を始め武器も豊富に手に入る状況になっている。確実な資金源を確保し、独立後の展望となる密約もすでに存在する。レグルスをはじめとした全ての過激派組織と手を組めば、今度こそラスキア政府及び軍を倒して完全な独立を成功させることができる。」


 そこまで聞くと、突然バルタザールが声をあげて笑い出した。後ろでドレイクが一瞬身を乗り出したのが分かったが、エラルドがすぐさまカウンターの下で制止した。

「…可笑しいか?」

エラルドが静かに尋ねると、バルタザールはようやく笑いを収めてエラルドを見た。

「ああ、あまりに予想に反しない答えで驚いた。それが実現できるならなぜ6年間も無駄な時間を過ごしてる。」


 バルタザールがこちらを見たので、エラルドは初めて正面からその顔を見た。やはり整った目鼻立ちを有しており、横顔で確認したときよりもさらに若く見え、よもや20代前半くらいかとも思われた。

「お前はアルデバランのリーダーだが、到底前のリーダーの代わりにはなれない。それはお前自身もよくわかっているだろう?今更何をもがく必要がある。たとえ無理矢理一時的に統一してラスキアに勝てたとしても、どちらにせよそのあとには熾烈な覇権争いによる内戦が待っている。」

 バルタザールは再びエラルドから顔を背け、煙草を持った手でカウンターに肩肘をついた。


「…では、レグルスはトゥラディアでバルツァレク長官を殺害した後どうするつもりだ。勝てる見込みのない戦いに身を投じてただ仲間を死なせるのか?」

 酒の入ったグラスを口につけながら、バルタザールは気怠そうにゆっくりと口を開いた。

「俺たちは仲間でも何でもない。ただ同じ目的を共有しているだけだ。」

 つまらなそうにそう言うと、カウンターに直接タバコの火を押し付けてから席を立った。そのまま立ち去ろうとしたバルタザールをエラルドが制止しようとした瞬間、ドレイクが声をあげた。


「待て!お前…はじめからどこかで見覚えがあると思ったが、元ラスキア空軍のパイロットだろう?」

 エラルドは驚いてドレイクを見た。ドレイクは席を立ち、バルタザールの方に足を向けた。

「俺もそうだが、お前とは年代も所属基地も違うから知らんだろうな。俺は一度だけラスキア北方国境の最前線基地付近への出撃命令を受けたことがある。所属は西方にあるマンドレイル基地だったから、北の端まで救援に行くのはごくまれなことだった。自分の出撃を終えて一時的に北方基地グラゾフに帰投したとき、たまたま久しぶりにフランツに会ったんだ。フランツも別の基地の所属だったから、同じように救援部隊として来たんだろう。そのとき、フランツの後輩にあたるというパイロットが一人、フランツにくっついていたことを覚えてる。確か名前は…」

 そこまで言うと、バルタザールは初めてドレイクに視線を向けた。


「…黙れ。それ以上無駄に舌を動かすようなら強制的に黙らせるぞ。」

 僅かに感情を出したバルタザールを、ドレイクは無視して続けた。

「フランツはお前のことをルッツと呼んでたな。可愛がってた後輩のようだったが、そんなお前がなぜフランツの意思を継がずにその反対の道を行こうとする?フランツが殺されたことを悔やむなら、アトリア独立のためにー」


 そのとき鮮やかな素早さでバルタザールが自ら銃弾を放った。ドレイクは相手が銃を構えた瞬間に身をかわし、同時に自らも床に片膝をつきながら銃を構えた。

 バルタザールの銃弾はわずかにドレイクの左頬を逸れ、天井から吊られていた暗いシャンデリアに命中していた。ドレイクが構えた銃弾を放つことは無かったが、バルタザールに正確に銃口を構えた姿勢のまま、次の瞬間には大勢の男たちに囲まれていた。全員が銃を持っており、それらの銃口はドレイクに集中していた。


「やめろ!!ドレイクを殺すとアルデバランと戦争になるぞ!」

 エラルドは咄嗟に叫んだ。

「わめくな。お前も死にたいか?」

 バルタザールは照準を合わせたドレイクから目を離さないまま冷たく言い放った。エラルドはバルタザールの横顔を再び凝視しながらはっきりと答えた。

「殺せよ。俺が死んでも代わりはいくらでもいる。ただアルデバランの戦力を侮るな。すでに一国家レベルの武力は得ている。」


 バルタザールは躊躇することなく銃弾を放った。だがその弾はドレイクの頭をわずかに逸れて床に突き刺さった。ドレイクの方は銃口の照準がわざとずらされていることを正確に察知し、微動だにしなかった。

「…交渉は決裂だ。二度とそのツラを俺の前に見せるな。」


 ドレイクの銃口は引き続き正確にバルタザールを捉えていたが、相手は一切構うことなく背中を向けた。すると数人の男がその後ろを固めるようにして去っていった。

 2人を囲んでいた男たちもバルタザールが去るとそれに従うように銃を下ろした。


 ドレイクはすぐにエラルドの腕を掴んで行くぞ、とささやいた。

 エラルドは少しの間バルタザールが去った方向を眺めていたが、何も言わずに頷くと、ドレイクと共に来た道を引き返した。

 周りの男たちが攻撃してくるかと思ったが、存在を無視するかのように全く手を出さなかった。まるではじめからそうするように命令されていたかのようだった。

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