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突然の声に振り返ると、栗色の髪に明るい茶褐色の目をした比較的小柄な少年が、まっすぐに俺の目を見ていた。

 一瞬返事をしそうになったが、そいつが着ていた服を見て口をつぐんだ。制帽こそなかったが、紺色の詰襟に赤い腕章をしたその姿は、まさにさっき見た航空学校の生徒と同じだった。


「メルクシュナイダー社の機体だよね?戦闘機がメインの会社だから見た目もそれっぽいね。ちょっとコックピットの中見てもいい?」

 そいつは俺の返事を待つこともなく、ごく自然に話しかけてきた。俺はそれに少し面くらいながらも、会社でも普段から偉そうにしている上流階級の奴らに対する反発心が沸いてきて、素直に応じる気になれなかった。


「…操縦席内は企業秘密だ。てか誰だよお前。俺に話しかけてくるな。」

 本当は企業秘密でも何でもないのだが、わざと憮然とした態度でそっけなく言ってやった。怒るかと思ったが、反対にそいつは笑顔になって自己紹介を始めた。


「俺はハンス。ハンス・リーデンベルク。そこの機体のパイロットだよ。」

 そう言って握手のために手を伸ばして来たが、俺はそれを無視して続けた。

「ふん、航空学校のお坊ちゃんか。気楽なもんだな。」

捨て台詞を吐いて立ち去ろうとすると、今度はハンスの仲間らしい奴らが後ろから文句を言ってきた。

「おい、なんだって?も一回言ってみろよ。」

そいつはハンスに比べるとがっちりとした体型で、いかにも血の気の多そうな目をしていた。俺は嘲るように笑って言ってやった。

「上流階級のお坊ちゃんが、暇つぶしに参加して楽しそうだな。せいぜい頑張って良い思い出でも作れよ。」


( …まったく、変わらないな。)

 そこまで思い返して、ヴィルは自分のセリフが2年前とほとんど変わってないことを自嘲した。まったく子供っぽいと自分でも思うのだが、ハンスのあの何も穢れを知らないような真っ直ぐな瞳を見ていると、自分の中身を全てを見透かされているような気がしてなぜか過剰に攻撃的になってしまうのだ。それは今でも変わらない。自分と比べても大して腕っぷしが強そうでもないハンスを相手にして、本能的に自分の身を守ろうとするような、そんな妙な感覚になる。


 そうさせる原因が一体何なのかー、それはやはりあの精神力の強さにあるのかもしれない、とヴィルは思った。あのときも、馬鹿にしたセリフを吐いた俺に対してあいつははっきりと反論した。


「暇つぶしだって…?ふざけるな!俺は絶対に空軍パイロットになる!そのためにレースに出てる。」

 一転して強い目で俺を睨み、そう断言したハンスの言葉を、そのときの俺は全く信じてなかった。

「…随分めでたい奴だな。お前みたいな苦労したことない奴だからそんな気楽なことが言えるんだろうな。」

「そっちはどうなんだよ!何のためにパイロットとしてレースに出てる?」

「…お前に言う筋合いもねぇよ。」

 真っ直ぐに自分を見るハンスを相手にもせず、俺はその場から立ち去った。

 あのときはただ金持ちの息子がたまたまレースに出られたことに舞い上がって、でかいことを言ってるだけだろうと思っていた。実際にあの日のレースで俺はハンスに大差をつけて勝利した。俺はほら見ろ、あの口だけ野郎が…と心の中で馬鹿にしながら、初レースでの自分の成績に満足していた。


 ところがその後、ハンスは予想外に急速に成長し、そのわずか半年後にはほとんど俺とタイムが変わらなくなってきていた。その成長は長年のレースファンたちの間でも話題になるほどだった。


 だがその頃に行われた大会でハンスの身に大きな事故がふりかかった。

 コース上で最大にGがかかる折り返し地点で、ハンスの機体がゲートギリギリの最短距離で曲がろうとしたとき、追い抜こうとして外側に回り込んだ後続機の一機が一瞬バランスを崩し、ゲートとの間に挟み込む形でハンスの機体と接触したのだ。

 ハンスの機体は左翼がゲートに直撃し、会場にいた観客があっと息を飲んだ瞬間、そのまま海に墜落した。


 次のレースに出場する予定だった俺は待機場でそれを見ていた。待機場とレース会場の間は約1kmほど距離があるが、紺色に赤い鷹の校章が描かれたハンスの機体が墜落する様子は遠くからでもはっきりとわかった。


 すぐに救護ボートが港を出発し、会場がかなりざわついているのが見て取れた。慌てて双眼鏡を借りて確認すると、観客をかき分けて事故現場に駆けつけている集団がいた。その紺色の服装から、それがハンスのチームクルーだとわかった。

 ハンスが救護ボートに乗せられたのかどうかまではわからなかったが、結局その日の大会は残り2レースを残して即中止となった。

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