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「今度のパーティーね。うん、私も行くよ。本当はそういうの苦手だから何かしら理由をつけて断ってたんだけど、今度のはお養父さんから必ず行くようにって言われて…。」

「そっか…!じゃあさ、もしよかったらなんだけど…、ダンスのパートナーになってくれないか?俺、まだ決まってなくてさ。」

 ジルベールはなるべく自然に誘ったつもりだったが、心臓はバクバクと脈打ち、緊張を隠すのに必死だった。反応が気になったが、ゾフィーの方を見ることは不可能だった。


「ほんと!ありがとう。私もずっと出席しないつもりだったし、まだお相手が決まってなくて。ジルベールだったら知ってる相手だし、嬉しいわ。」

 その言葉を聞いて、ジルベールはやっとゾフィーの方を見た。ゾフィーはジルベールを見てにっこり笑った。自分の顔が一気にカッと熱くなるのを感じて、ジルベールは慌てて手元に視線を戻した。

「よかった、じゃあよろしく!ダンス上手くないけど、リードできるように練習しとくよ。」

「私も上手じゃないけど大丈夫よ。みんな酔ってるしちゃんと見てないんだから。お兄ちゃんなんて、昔はダンスの時間になるといつもこっそりいなくなってたわ。そういうのはほんと上手いんだから。」

 笑うゾフィーの美しい横顔を見て、ジルベールは嬉しすぎて天にも昇るような気持ちだった。心臓は高鳴る一方だったが、不思議と今なら何でもできそうな気がした。


「ゾフィー、ジルベール、何か手伝おうか?」

 クリスの柔らかい声がして、ゾフィーが振り返った。

「ありがとう、じゃあテーブルにお皿を並べてくれる?」

 クリスはさっと食器棚から適当な食器を取り出し、大きなテーブルに並べだした。それからカトラリーやコップ、水差しなど、必要なものをテキパキと美しく並べていく。

「さすがクリスね。年中モテるだけあるわ。」

 穏やかに笑い合うゾフィーとクリスを見て、普段ならかなりの嫉妬心を覚えるはずのジルベールだが、もはや今は何があっても平気だった。ゾフィーと一緒にパーティーに出席する、その未来図がジルベールの心の護符となって輝いていた。


「ジルベール、お野菜全部切ってくれたのね。ありがとう。本当に丁寧だわ。」

「あ、うん、ありがとう。」

 舞い上がって中途半端な返事をしてしまい、ジルベールは照れた顔を見られないようにゾフィーから目線を外して洗い物をシンクに運んだ。ゾフィーはキッチンを出てみんなに呼びかけた。

「準備できたわよー!」


 ハンスをはじめ飛行機談義に高じていた5人は子供のように返事をしてテーブルに駆け寄った。リビングには美味しそうな香りが充満していた。

「…まじでうまそうじゃん!」

 目の前に注がれたラトゥを見てエリックが思わずつぶやいた。意外にもハンスの言葉が真実だったことを認めた。

「当たり前だ!二日かけて煮込んでるからな。アトリアで一番うまいと言われてる伝説のラトゥだ。」

 クルトは適当なことを言いながらニヤッと笑った。

「三人共サンキューな。おじさん、いただきます!」

 ハンスがクルトに向かって手を合わせると、全員が同じく続いた。

 クルトの特製ラトゥは見た目だけでなく本当に美味しかった。全員は引き続き飛行機の話をしたりクルトの昔話を聞いたりしてたくさん笑った。家では賑やかに食事することのないハンスやゾフィーにとっては、久しぶりにクルトともゆっくり過ごせる特別な時間になった。


 楽しいひとときが過ぎるのは早く、気づけば外は暗くなり始めていた。全員で後片付けをしてクルトにお礼を言い、明日またみんなで基地で会う約束をして、それぞれの家に帰って行った。


 帰り際、ハンスがみんなより少し遅れて家を出ようとしたとき、不意にクルトがハンスを呼び止めた。

「ハンス!」

 ハンスは突然の声に振り返った。


「お前の父親は強い奴だった。お前もそれを受け継いでる。」

「…え?」

 クルトの口から父親の話が出たことにハンスは戸惑った。父が死んでからクルトが自ら父に関する話をすることはほとんどなかったからだ。

「…何のこと?レースのこと?それならゾフィーでしょ。」

「違う。それ以外の全てにおいてだ。」

「なんだよ…。操縦の腕の方がよかったし。」

「何なのかはいつか分かる。分かったら俺に聞きに来い。」

「何を?」

「それもそのとき分かる。」


 ハンスにはクルトの言いたいことがさっぱり分からなかったが、いつものようにふざけて言っているのではないということだけは何となく分かった。父親について聞きたいことはたくさんあったが、クルトのそのきっぱりとした物言いに、今はまだ何を聞いても答えてくれなさそうな気がしてそれ以上はやめておいた。


「…ふーん。わかった。」

「じゃあな。ゾフィーを大事にしろよ。またいつでも遊びに来い。…おやすみ。」

「うん!おやすみ。」

 最後は笑顔でそう言って、ハンスは先を行くみんなのもとへ少し肌寒くなった夜の道を掛けて行った。

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