気持ちを「分かち合う」意味
隅田 天美
それは、痛みも分かち合うということ
子供の頃。
誰かが言っていた。
「『分かち合いましょう』なんていう酷い言葉はない。『分かち合う』というのは相手の傷や責任を負うことで安々と使っていい言葉ではない」
それから、幾星霜。
私は、その人物の言った言葉が何となくわかるようになった。
理由。
親も教師も同級生も誰も私に対して『分かち合う』なんて言葉を使わなかったから。
それから、実際に震災や戦争が起こった時に、確かに『分かち合う』という言葉が出るけど本気で助けようという人は少ない。
『分かち合う』というのは単に独善の押し売りではない。
その人が抱えている傷や責任を引き受けて共に歩むということ。
言葉で言うのは簡単だが、それは自ら心を傷つける行為だ。
私のように心に問題を抱えている人間からすれば正直、危険行為である。
自らハリネズミの体を素手で持つことだ。
十二分に経験などがないと安易に触れないし怪我をする。
『人は生まれながらに孤独だ』などと語るつもりはない。
私自身、読者の皆々様と様々なやり取りは生きがいになっている。
ただ、『分かち合う』という言葉が今、メディアなどで声高らかに美辞麗句のように言われることに疑問を持ったのだ。(特に今は選挙だ)
気持ちを「分かち合う」意味 隅田 天美 @sumida-amami
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