幼女狩り ～第九官界流転帝国吸血鬼心中伝～

０話：血ヲ啜ル者共ノ詩

　誰も知らない、知り得（え）ない、いや、知られちゃいけない古（いにしえ）の因果（いんが）、生贄（いけにえ）の眞價（しんか）、新進氣銳（しんしんきえい）の進化（しんか）、意識への贊歌（さんか）。

ひとつ――悲鳴（ひめい）に絕命（ぜつめい）、運命（うんめい）の言靈（ことだま）、自明（じめい）の理（ことわり）

ふたつ――屈辱（くつじょく）、恥辱（ちじょく）、寵辱（ちょうじょく）に陵辱（りょうじょく）、雪辱（せつじょく）に燃（も）ゆ五濁（ごじょく）の裏側（うらがわ）

みっつ――悅樂（えつらく）に噎（むせ）び泣（な）き、籠絡（ろうらく）に溺（おぼ）れ戰（おのの）き

よっつ――鮮血（せんけつ）舞（ま）い散（ち）る英傑（えいけつ）此處（ここ）に參（まい）り、蒙昧（もうまい）に爲（し）て散りぬるを

いつつ――曰（いわ）く、夜（よる）に忍（しの）び寄（よ）る蠱惑（こわく）を凌（しの）ぎ

むっつ――戀（こい）するに遺恨（いこん）殘（のこ）さず、瀝（したた）る心をば

ななつ――愛（あい）するが故（ゆえ）、相容（あいい）れ無（な）い、哀（あい）に阨（ふさ）ぐは

やっつ――彌終（いやはて）の救世（ぐぜ）なるか、將亦（はたまた）、責（せ）めてもの畦（あぜ）なるか

ここのつ――其（そ）の怒（いか）り憎（にく）しみ努々（ゆめゆめ）忘（わす）るる毋（なか）れ

―――血逸震（アルク・イヴ）

　始まりは、三人……いや、ヒトつ、フタつ、３つ、といった方が余程（よほど）しっくりくるのだろうか。

　ヒト、ではないそれを數（かぞ）えるのに、人、という字を使う可（べ）きではないのかも知れない。しかし、そう數えてしまう錯覺（さっかく）が、思い込みが、有（あ）るが儘（まま）が、實（げ）にも怖ろしい。

　名など、嗚呼（ああ）、どうでもいい。それを何（なん）と呼ぶかは、そう、好き好（ず）きだ。

　俺はと云（い）えばそれを、ゴア、ゴス、ゴーン、とそれぞれ呼んでいる。

　奴等（やつら）にとっての運命の三女神（モイライ）という可き存在、か。

　夜（ニュクス）の娘である點（てん）に於（お）いて、我等（われら）の知る三女神と然程（さほど）変わりあるまい。

　違いはと云えば、奴等は彼女等（ら）の直系（ちょっけい）の子孫だと云う事だろうか。

　我等が神話（しんわ）にある三女神と血緣（けつえん）關係（かんけい）が無（な）い事とは大いに異なる。

　尤（もっと）も、人のそれとは根本的に異質であるが故、單純（たんじゅん）に血緣とも云い難（がた）い。先祖（せんぞ）と云う可きか、種祖（しゅそ）と云う可きか、創造主（デミウルゴス）と云う可きか。或（ある）いは源泉（ソース）、將亦（はたまた）、元凶（ネメシス）か。

　――吸血鬼（ヴァンパイア）。

　そう、彼女等は吸血鬼の祖、いや、起源（ジェネシス）。控（ひか）え目に云って化物。無論、我々からしたら惡魔（あくま）、魔王の類（たぐい）。否（いや）、厄災（やくさい）其（そ）のモノ。

　蛭（リーチ）や蝱（アブ）の如（ごと）く生き血を啜（すす）るUMA（クリプチド）。少なくとも、特異點爆發（とくいてんばくはつ）（Singularity（シンギュラリティ） Explosion（エクスプロージョン））が起こる迄（まで）、その存在は傳承（でんしょう）にのみ現れる瞞妖（まやかし）に過ぎなかった。

　倂（しか）し、それ迄現實（げんじつ）と信じられていた定說（ていせつ）という名の洗腦（オブラート）が解（と）かれると、途端（とたん）に虛構（きょこう）と欺瞞（ぎまん）は打ち消され、隱世（かくりよ）が顯（あら）わとなって奴儕（ゼイリブ）が姿を現した。

　吸血鬼たる奴儕（ゼイリブ）を直隱（ひたかく）してきた連中は判然（はっきり）としている。基督敎徒（キリストきょうと）共（ども）他、啓典（けいてん）の民の連中だ。

　それもその筈。何せ、耶蘇（ゼズス）本人、そう、拿撒勒（ナザレ）の受膏者（じゅこうしゃ）当人が吸血鬼なのだから、そうせざるを得なかった。

　勿論、受膏者（ヨシュア）とて旧支配者（オンリーオールドワン）の一人でしかない。

　斯（か）くして、唯一神（ヤルダバオト）に絆（ほだ）された連中は、奴儕（ゼイリブ）の創造神として崇（あが）め、吸血鬼としての本性（すがた）を現世（うつしよ）から隱（かく）した。

　僞（いつわ）りの史實（しじつ）が崩（くず）れた今、洗腦（せんのう）を解かれた吸血鬼共はその魂（たましい）に刻まれた遺傳子（イコンG）に目覚め、血逸震（アルク・イヴ）の息吹（いぶき）を感じる。

　蠢動（しゅんどう）する惡靈（サタナ）の意志（いし）は芽吹（めぶ）き、破滅（はめつ）への衝動（しょうどう）が席捲（せっけん）し、夜の世界へと蝕（むしば）む。

　はじまってしまったのだ――

　“死人貪り喰らう（ネクロカニバル）血の饗宴（ブラッドフィースト）”と評されるあの……

　――『黑點供犧（マッキアソラーリ）』が。