高遠草は掴めない

ジルーシャ

第1話

やはり理系に恋は不要なんだ、と遥は思う。

「第一私は恋愛などという至極曖昧なものは大がつくほど嫌いなんだ」

「ど、どうしたのよ遥」

登校中突如拳を握って語り出した遥に友人の夏華は驚いた。が、すぐにその真意に気づく。

「なるほど、遥、あんた昨日何かあったわね?その様子からして、大石君がらみかしら?」

ぎくっ、と分かりやすく遥は動揺する。

「な、何をいうんだい夏華、大石くんのことなんか一言も言ってないじゃないか…」

そりゃあ、と夏華は肩をすくめる。

「今までのあんたを見ててわからない人の方がいないわよ。ずっとあんた、大石くんのことみてるじゃない。授業中も昼食の時も。あ、最後の体育祭の時なんか、ドッチボールしてるとき、あんた大石くんに見とれてボールを顔面キャッチしてたわね」

「その記憶だけは今すぐ消してくれ…」

げんなりする遥に構わず、夏華はにんまりと笑う。

「あんたって人は、根は素直なくせにむやみに小難しい言葉を使ってそれをはぐらかすんだから。ねぇ、親友の私にくらい、ほんとのこと教えてよ」

「そんな天邪鬼な人じゃないぞ、私は」

ほら、と夏華は遥を指差す。

「またそうやって難しい言葉使う。遥はほんとは純粋で可愛らしい女子高生なのにさ」

か、可愛らしくなんてない!と遥は真っ赤になって反論する。

「小難しい言葉を使うのは、私が尊敬する宮本教授に近づきたいだけで、別に純粋なんかじゃ……それに、私のことを女子高生と形容するのは間違いだよ、夏華」

「あら、ギリギリセーフよ、今日までは」

私たちまだ卒業してないし。

「…たしかに。私たちはまだ卒業証書を受け取っていない」

「そそ、だから韮山さん、昨日のこと教えてよ?何があったの?」

話題が元に戻り、遥はげっ、という顔をする。

「だからの使い方が変だし、急に苗字で呼ばないでよ……昨日大石君に告白した」

はた、と夏華の足が止まる。

「何ですって!?」

夏華は道のど真ん中で大声を上げる。道行く人が一斉にこちらを迷惑そうに見た。

「バカ、急に大通りで叫ばないでくれ!」

「そりゃ叫びたくなるわよ!今年1番の驚きよ!ほらお空もびっくりして雲が無くなった!」

空模様は関係ないのでは、という遥の疑問をよそに、夏華はぐいぐい遥に迫る。

「で?どうだったのよ?うまくいった?」

遥はその問いには答えず、下を向いて足早に歩き始めた。ちょっと、という夏華の声に遥は答えない。夏華は遥を追うが遥は絶妙に話しかけにくい距離間を保ち続けた。どれくらい経っただろうか、不意に遥が振り向いた。

「夏華、君の無神経なところ、嫌いだよ。もし大石くんへの告白がうまくいったなら、恋愛についてもっと肯定的に捉えるに決まってるじゃないか」

そう答えた目はわずかに潤んでいた。やばい、と夏華は思う。遥はとても真面目で辛抱強く、滅多に感情を表に出さない。そんな彼女が道の真ん中で泣きそうになっている。

「……ごめん、遥」

しおれて小さくなった夏華の様子を見て、遥は我にかえったのかゴシゴシと目元をこすり、

「いや、すまない。勝手に告白しておいて勝手に八つ当たりするなんて、私はひどい奴だな」

「そんなこと…」

夏華がそんなことない、と言おうとした時、予鈴が鳴った。気づけば大通りも住宅街も抜け、林に隣接した高校に着いていた。

「夏華、先生にうまくごまかしておいてくれ。今大石くんに会うと…」

泣いてしまいそうだ。遥が言えなかった続きを夏華は汲み取った。

「そんなこと、天下の田賀夏華にとっちゃ朝飯前よ。だから安心して。一緒に最高の笑顔で写真撮らないと、承知しないんだから!」

ありがとう、と遥が答えると夏華はそのまま正門に向かって走っていった。

「さて」

遥は人気のないところを探すため、となりの竹林に足を踏み入れた。

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