第8話

ある日、駅前のカフェに行くことになっていたのだが、僕は2時間の寝坊をし、急いで待ち合わせ場所に向かった。そこで待っていたのは、マスク姿の彼女。どうやら昨夜、失恋した友達のストレス発散のためカラオケに付き合い、喉を痛めてしまったらしい。よって今日は筆談となった。

初めて見るはずの彼女の字を、僕はどっかで見たような気がした。いや、3ヶ月ほど同じ部活だったので見たことはあってもおかしくないのだが。でも、そうじゃない気がしたのだ。違う、どこか他の場所で。

少しトイレに行ってくると言って席を立つと、トイレの個室にこもって考えた。今考えなきゃダメだと思ったのだ。2分ほどして今日は諦めようと個室を出ようとしたら、僕の大事なカメラを置き忘れていたことに気づいた。危ない と思いながらカメラを持ってトイレを出た。その時、僕は思い出したのだ。カメラを見て。

そうだ、あの質問ってまさか、、。


僕は席に戻ると彼女に言った。

『あの質問、先輩だったんですか?』

彼女はくすくす笑って、

『そうだよ』と書いた。

僕はその瞬間、彼女を抱きしめたくなった。愛おしいと思った。そんな僕をよそに彼女はペンを走らせている。僕の好きな字だ。

『いつも誰を想像しているの?』

僕は 話が長くなりますがいいですかと聞き、承諾を得てから、写真を撮るきっかけとなった父について話した。途中で涙が出てきたけど、彼女はそっとハンカチを出して僕に手渡してくれた。決してバカにせず、話終えると彼女まで泣いていた。それがあまりに嬉しくてもっと泣いた。最後はおかしくなって2人で笑った。


僕は、僕を想像して写真を撮っていたのだ。

今の僕を。

カメラを構えてる僕は、僕ではなく『父』だ。カメラ越しの僕に優しい眼差しを向ける『父』だ。

あの日撮った橋も、ベンチも、道も、全てその真ん中には僕がいるのだ。写ってはいないけど僕がいるのだ。父のカメラで、父の姿で、父の眼差しで、父の笑顔で。僕は父になりたかったのだ。

このことは、今年の夏、暑すぎたあの日、カフェで気付いたのだ。彼女はそれを僕の写真からくみ取っていた。そして封筒に質問してくれていた。優しい字で。

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