禁断の恋

豆腐

夢見がちな少女

 教室の窓から、どんよりとした雲を見上げながら思う。


 障害のない恋愛なんてあるのかしら。年齢、性別、物理的距離、身分……障害がある方が燃える、それが恋じゃないの?

 ただ平和的に幸せになりました、なんて絵本にもならない。


 きっと大人になれば、そんな平和的な落ち着いた関係にも憧れるかもしれないけど。


 私にはまだ無理。刺激的じゃないと退屈すぎて、楽しくない。

 きっと恋愛に障害が多いのは学生時代だけ。成人すれば、大人は納得してくれるし、大抵のことは隠す必要なんかないことが多いんだから……多分だけど。


 だから、私が好きになるのはいつも、親が聞いたら反対しそうな人。初恋は小学生の時の転校生(美少女)だったし、中学生の時に好きになった人は家庭教師のお兄さん(10歳年上)。あとはインターネットゲーム内のフレンドだったり、とにかく叶いそうにない人達ばかりに恋してきた。


 もちろん全滅。恋してる自分に酔っていたわけではない。きっかけは何かしらの障害でも、相手を知ろうとしてきた。


 会えないという日も近くに居たり、ネットで調べて好きな物を理解しようとしてきた。告白するのだって、1ヶ月以上調べて相手の好みを理解した上でやっていることなのに、いつも一方通行。


 友達には「恋してる事に恋してるだけでしょ」なんて言われるけど、ちゃんと相手を愛しているしドキドキしているのだから。恋を楽しんで何が悪いのかしら。

 

 私って、そんなに魅力ないのかなと手鏡を覗きこんでみる。別に美少女ってこともないけど、良くて「中の上」ってとこかな。これなら、「お友達から始めましょう」位の返答を貰えてもおかしくはないはずなのだけど。告白した人は全員、音信不通。


 やっぱり、好きになった人のことだけになってしまうのが駄目なのかもしれない。おかげで、友達も居ないし、部活もしてないし。でもせめて、好きになった人と両想いになってみたいって思う事がおかしいのかしら。さっぱり、モテやしない。


 昨日も好きな人に告白して、いつも通り失恋した。相手にもされない。でも告白してからが、意識してもらえるチャンス。だから、今日も会いに行く。


 2階の角部屋……放課後は誰も寄り付かない理科実験室へ。


「青山先生! 昨日のことなんですけど、考え直してくれました?」

 告白相手の方は、ビーカーの中身に夢中でこちらをチラリとも見てくれない。

「なんだ、川崎か」

 大きなため息をつく。

「お前しつこいぞ。大きい声で愛を叫ぶものじゃない。明日から俺が謹慎になってもいいのか?」


 私は、その事に頭が回っていなかったので、そっと扉を閉める。先生の方に近づいていき、小声で囁く。

「先生に会えなくなるのは困ります! なので、小さい声で告白したら、付き合ってくれますか?」


 先生は、とびきり嫌そうな顔で、私の目の前にフラスコを突き出す。

「お前なあ……先生と生徒が付き合うわけないだろ? いくら俺が教員の中では1番若いからって、困らせるんじゃないぞ」


 そんな嫌そうな顔しても私に効果はない。

 フラスコを持つ綺麗で長い指先、大きな手、少しパーマがかかったフワフワの髪、猫背だけど抱き心地の良さそうな細い腰、筋肉が少しも見えない骨っぽい腕……言い出したらキリがない……全てが私は好きなのだから。


「先生は、生徒相手には好きになれない? 好きになったら、相手の立場なんて関係ないと思うけど?」

 先生は呆れたような表情で、はいはいと返して相手にもせず、窓を開ける。


「先生、これからも勝手に好きでいさせてもらいますからね!」

「昨日も言ったけど、まず俺には彼女がいるんだ! それも家で待ってくれてるんだよ?謹慎処分になったら彼女も困るんだよ、勘弁してくれ」


 先生は、本当に困っているようで頭をがしがしと掻いている。

「彼女がいるから、先生だから……言い訳ばっかり。必ず私のこと好きになってもらうんだから、覚悟しておいてよね」

 自分で言っておいて、悪者の捨て台詞みたいだなと1人で笑う。下校時間なので、渋々理科室を出ていく。

 明日もまた来ようとかではない。ここからは私の時間。先生が帰るまで、張り込みするとしよう。


 張り込みの場所は、先生が学校帰りに必ず寄るコンビニ。流石に学校内だと、見つかった時に色々と困る。

 先生は必ずコンビニで、明日の分のたばこを買って外で一服する。早くても19時を過ぎてから学校を出るということは調査済みなので、家でご飯を済ませて着替えてから、コンビニに張り込む。


 仕事終わりにタバコだけ買う先生は、コンビニ内を徘徊したりはしない。だから私は今日も、堂々とコンビニで立ち読みをしながら張り込みできる。


 19時半、今日も先生はコンビニへやってくる。梅雨の蒸し暑さからか、ワイシャツのボタンを3つも外してズボンの外へ出し、前髪は上へと掻き上げている。とても教師とは思えない帰宅の格好である。


 やはり、おかしい。あんなに女っ気がない。たしかに19時を過ぎた帰宅姿の先生は、とてもかっこいい。

 それは私が強烈に愛しているからであって……彼女がいるようには見えない。失礼だけど、何度確認してもそうは見えない。1ヶ月以上、先生だけを見てきたけど彼女がいるようには見えなかった。


 きっと嘘なのだ……諦めさせるための。それでも胸はざわつく。気になることが1つだけある。


 先生の家は学校から徒歩5分の距離にあり、ギリギリまで寝られるからという理由だけで借りているマンションは、本当にそれらしい見た目をしている。4階建てのそのマンションは、夜になると更に外装が暗く見え、色が分からないほどである。更に上の方は、酸性雨で色が変色している。お世辞にも住みたいとは言えない。


 先生は、マンションの4階角の部屋に住んでいる。不思議なことに、先生が帰る前から明かりがついているのだ。室外機も回っている具合だから、やはり彼女がいるのかと一瞬疑ってしまう。

 だらしない恰好のまま先生は、今日もただいまと声をかけて家の扉を開くのを、少し後ろから隠れて見守る。1ヶ月の間、部屋の中からおかえりが聞こえたことは無い。


 次の日も授業が終わってから、すぐ理科実験室へ走る。扉を開けると、先生は珍しく採点中のようで赤ペンを右手でくるくると回しながら思考しているようだった。


「また、お前か。今採点中だから、あんまり近づくなよ。見られると困る」

 先生はボリュームのある記述式問題を作るのが好きのようで、問題数自体は多くないものの自由度が高く、採点するほうは時間がかかると思われる。

 私は怒られないよう、先生から対角線上である実験室の隅っこへ座り込む。


 そこで急に、先生がこちらを凝視してくる。

「な、なんですか? あんまり見られると照れます」

「いや……お前、酷すぎるぞ。俺の授業の時、真剣に見てくるから、相当集中しているのかと思ったら全然頭に入ってないだろ。クラスで最下位だ。お前……寝ている生徒より点数低いぞ!」


 確かに授業中は集中している。先生の動作を見逃さないように、見つめて、見つめて、見つめているのだ。先生の言葉は理解できない呪文のように、いつも私の上を過ぎていく。


「先生が好きすぎて、行動とか仕草とかを見ていると、そこに集中しちゃって……授業の内容は頭に入ってないです!」

 私が、座り込んだまま笑顔でいうと、先生は立ち上がり目の前まで来て優しめに拳骨をする。


「問題になるとだめだからな……痛くはしてない。好きなら、良い点取れるように勉強するだろ、普通。補習な!」

 私は初めてのボディータッチに、ご褒美ですねと笑って言うと、先生は大きくため息をついた。

 

 補習は先生と授業後も居られるわけだから、十分なご褒美である。それよりも気になることを聞かなくては……。


「でも、先生! やっぱり彼女は居ませんよね?」

 先生は採点を再開しようとしていた手を止めて、こちらを見る。

「またその話か……勘弁してくれよ。彼女は本当にいるから諦めてくれ。俺と彼女が路頭に迷う」


「じゃあ先生、証拠見せてくださいよ! 迷惑でしたら、証拠みせてくれたら諦めますよ?」

 本当は諦める気など、毛頭ない。

「お前なあ……何を見せれば良いんだ? 写真は今持ってないぞ?」

 先生は流石にこれ以上、付きまとわれるのは困ると断念したのか、眉を顰めながらも対応してくれる。


「では……彼女の名前と、家族構成、年齢、出身地、誕生日、好きな食べ物、嫌いな食べ物を教えてください!」


 嘘であれば、すぐには答えられないはずと思ったのだが、先生はスラスラと答え始める。


「名前は、桜。母親と父親と弟が家族構成で、28歳だったかな。出身地は、この県。好きな食べ物はササミだね。ネギは食べられないらしい……満足?」

 答えられるはずないと思っていたので、少し動揺したものの、事前に準備していないとも限らない。


「他に証拠はないんですか?」

「そう言われてもなあ……川崎のクラスの担任の先生いるだろ? あの人たまたま会ったことがあるから聞いてみればいいさ」

 証人が出てくるとは考えていなかった。悔しい。やっぱり先生には彼女がいるのかもしれないと思い、そっと理科実験室を出た。


 担任の浜田先生は、多分教室にまだいる。

顔を思い出すと、なんだか嫌な気分になってくる。浜田先生は、学校一の美人である。その人が、私が好きな青山先生の彼女を知っている……一体、どんな関係なのだろうか。あまり仲良いようには見えないが。

 

 自分の教室に入ると、浜田先生も採点をしているようだった。そういえば浜田先生の小テストを今日受けた気がする。頭の中は青山先生のことでいっぱいだったため、何も覚えていない。


「川崎さん、どうかした? 部活ないなら、帰りなさいよ」

 浜田先生は笑顔で、部屋からでるようにジェスチャーをしてくる。


「すぐ帰るんですけど、1つだけ答えてください! 青山先生の彼女に会ったことがあるって本当ですか? 実在するんですか?」

 先生は、驚いたような顔を一瞬してから、すぐに笑顔に戻る。

「ええ……あるわよ。とても可愛い彼女だった。でも、絶対彼女のことを馬鹿にしてはいけないわよ。あの人、キレるから」


 キレる?あの優しい先生が?……全く想像できない。

 その後、いくら聞いても、他には何も答えてくれなかったので渋々、下校することにした。


 全く理解できない……あの家には先生しかいないように見える。他の人影は、いつも見えない。なのに、電気は付き、エアコンが室内で効いているようなのだ。彼女はそこにいるという先生。幽霊でもいるのだろうか。


 私は何でも気になると、止まらなくなってしまう。今日、先生の家に乗り込もう。そう決めて、晩御飯をかきこむ。

 

 19時半、いつも通りコンビニで一服し終わる先生を尾行する。先生が運動の為と階段で4階まで上る間に、エレベータで4階へとあがり待機し、先生が来たら後ろへ回る。

 先生が、玄関の扉を開けた瞬間に、距離を詰めて声をかける。


「先生! 彼女を紹介してください!」

「うぉっ!? びっくりした! 浜田先生に教えてもらったのか?」

 浜田先生も家を知っているという事だろうか。ますます怪しいが、この際そういうことにしておこうと、大きく頷く。


「そうか……仕方ないな。他の生徒には秘密に出来るなら紹介してやろう」

「もちろん秘密にします! だから紹介してください」

 先生は、玄関の扉を素早く開き私を中へ引き込む。


「この子が、俺の彼女の桜。可愛いだろ?」

 先生が指差した先は、玄関マットの上に寝そべる白い猫だった。確かに、ふわふわの毛並にゆっくりと尻尾を振る姿は、可愛らしく魅力的だと思う。


 馬鹿にしているのだろうか……からかわれているに違いない。生徒への断り文句か。

「先生、これは猫ですよね? 人間の彼女はどこですか?」


 私がそう聞いた途端、先生の右手が私の頭上を越えて、玄関扉を打ち付ける。ガシャンという大きい音がした途端、遅くも浜田先生の言葉を思い出す。馬鹿にするとキレる……恐る恐る先生の方を見上げる。


「川崎、言ったよな? 好きになったら立場は関係ないって。桜は俺の彼女なの。猫だろうが人間だろうが関係ないよな?」

 先生は、ゆっくり真顔で喋っているが、目がまともじゃない。先生は本気なのだ。先生は、本気で猫の事を愛していると理解する。


「ええ……先生。とても素敵だと思います。私は遅いので帰りますね」

 それだけ絞り出すように、早口で伝えると、私は走って階段をかけおりて帰路についた。正直、先生が怖くてどうやって帰って寝たか覚えていない。


 気が付くと、次の日の朝だった。顔を洗おうと洗面台に立つ。悪くはないと思う。やっぱり、中の上くらいにはいい。でも、猫と比べるとどうだろう……先生の猫は、とても可愛らしかった。

 私は、昨日本当に失恋したらしい。この顔では学校に行けそうにない。





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禁断の恋 豆腐 @tofu_nato

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