第3話 コレクション
「ただいまぁ」
「あれ、遊んでこなかったのかい?」
手を洗っていると、おばあちゃんが団扇でぱたぱたあおぎながら居間から出てきた。
「うん。おじいちゃんは?」
「畑に行ったよ。そういえば、さっき友明君達が来たけど。会わなかったかい?」
友明たちが?
私が逃げたからだろうか。
「会わなかった。良いよ別に」
そう言って階段を上った。
「喧嘩でもしたのかい?」と居間の方から聞こえたが、返事もしないまま部屋に戻ってしまった。
自分の部屋には、勉強机があるだけで、おもちゃや学校の道具が雑然としている。
夜は、蚊帳を張っている他の部屋で川の字で寝るから、ここの押し入れには予備のお客さん用布団が片付けてある。
女の子の部屋といっても、綺麗でも可愛くもない。
置いてあるのは、採集した昆虫標本や王冠コレクションだ。
空き箱に昆虫を集めている。
本物の注射器や注射針。毒薬(殺虫薬)、標本にするための薬が入った昆虫採集セットは、おじいちゃんが誕生日に買ってくれた宝物だった。
言葉でいうととんでもない物に聞こえるかもしれないが、これも駄菓子屋で200円くらいで売っている。
この時代にはポピュラーな物で、持っている子供は結構いた。
「あったあった」
ペン立てから、ホームランバーの棒を手に取り、ポケットから今日の分の棒を取り出した。
「これで四塁打だ」
それらを握り締めて、再び駄菓子屋へ向かった。
「タケちゃん」
「何だい、また来たのか」
座ったままウトウトとしていたタケちゃんが、少しめんどくさそうに言った。
「これ、ほら。もう一本貰えるよね」
「あ?・・・あぁ、本当だ。そこから持っていきな」
眠いところを声掛けたせいか、いつもより不機嫌だ。
「さっさと閉めるんだよ」
釘を指すように言ってくる。
「わかってるって。えっと━・・・あった。はい、閉めた」
ガラス戸越しに探してから、サッと取って閉めた。
「はいよ、えらいえらい」
そう言ってタケちゃんはそのまま目を閉じてしまった。
余程眠かったのだろうか。
ベンチでホームランバーを食べている間も、タケちゃんは、ゆらゆらと体を前後に揺らしながら眠っていた。
ようやくホームランバーへの未練も、もう一本貰えたことで無くなり、満足してベンチを降りた。
ふと、おばあちゃんの「喧嘩でもしたのい?」という言葉を思い出した。
「別に喧嘩なんて・・・」
呟いた瞬間。
パンッ!!
弾ける、爆発音が公園の方から聞こえてきた。
その後も、二発目、三発目と立て続けに聞こえる。
「癇癪玉か」
男の子の様に、王冠収集や虫採りが好きな私だが、癇癪玉は好きになれない。
前に住んでいた所では、それを使った酷い遊びを見たからだ。
「どうせまた、あんな事やってるんだろうな」
私は鎮守の森の裏にある、ささら川を目指した
緩やかな流れの川は、太陽の光が反射して輝いていた。
割り箸にタコ糸をくくりつけた手作りの竿に、スルメを付ける。
その場にしゃがみ、それを川へと垂らした。
次第に日が高くなる。
一向に何も掛かる気がしなかった。
「おい、何やってんだ?」
諦めて帰ろうかと思っていたとき、聞きたくない声に呼ばれた。
「お前、ザリガニ釣り初めてだろ」
友明が笑いながら言う隣で、真理と可奈子がこちらを見てコソコソと笑っていた。
大人しい良太は、その後ろでこちらを見つめていた。
「こんな時間に釣れねーよ。夏は・・・」
その時、川の向こうの草むらから視線を感じた。
あの生き物が、また頭を両手で抑えて草の影から覗いていた。
「ま、また!!」
バランスを崩した体を支えようと、咄嗟に後ろについた手は、尖った川の石に刺さってしまった。
「痛っ!」
私が叫ぶと、何事かと友明たちが走ってきた。
「何かいるのか?猪?」
私の視線の先を見るも、誰も気が付いていないのか全く驚いている様子がない。
「そこに居るよ!ほら、頭抑えてて・・・!」
「は?おい、良太は見つけたか?」
私の隣で、友明が良太に聞くも、「ううん」と首を横に振った。
「気味悪いこと言うなよ。夏に川で見えないものが見えるとか、ろくなもんじゃねーよ」
友明がそう言うと、真理も可奈子も「怖い」と今にも泣き出しそうになった。
「もう行こうぜ」
見かねた友明は、三人を連れて帰ってしまった。
リン・・・
チリン チリン・・・
夏の夜風が、縁側に吊るした風鈴を鳴らしている。
「大した怪我じゃないよ。そっとしておいたらすぐ治るよ」
「うん。わかった。もうお風呂入って寝てくる」
「はいよ。お湯、そのままにしといてね。ばあちゃんも後で入るから」
「はーい。おじいちゃんも、おやすみ」
野球中継に夢中のおじいちゃんは、「おやすみ」と片手に持った缶ビールをゆらしていた。
「ふぅー」
湯船に浸かると、溢れたお湯がザバンと流れ出した。
静かなお風呂に、ギーッ ギーッというコオロギの声がよく響いている。
リラックスしていると、昼間の奇妙な出来事が脳内に甦ってくる。
1度目はアイスの棒を返しに来たとして、2回目は何の為に現れたのか。
「もう、会わないよね」
というか、怖いから会いたくない。
「・・・居ないよね」
ふと頭上の窓が気になって振り返る。
怖いことを考えると、お風呂ってどうしてこんなにも怖い場所になるのか。
「あがろ」
いつもはもう少し入っているが、今日は早々にあがることにした。
おじいちゃんは、まだテレビの前にいるのだろうか。
おばあちゃんが、台所でカチャカチャと洗い物をしている音がする。
私は天井から吊るした巨大な蚊帳という網の裾を持って蚊を払うようにパタパタと動かしてから、中に入った。
開けっぱなしの窓から見える空には、星が沢山輝いていた。
カサッと跳ねるようにして時折草をならすのはバッタだろう。
多分。
疲れ果てた体には、もう余計なことを考える余裕もなく、そのまま眠りに落ちていった。
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