第104話 恥ずかしい?



 イデアが用意してくれた宿に戻り、夕食を食べる。

 昼に行った高級な飲食店にも負けず劣らずの料理で、とても満足出来るものであった。


 高級飲食店があった建物ほどの高さはなかったが、綺麗な夜景も見えた。

 しかもイデアの采配で、二人っきりの個室の部屋。


「美味しかったですね!」

「ああ、そうだな。それに昼のように邪魔者が入らなかったのも良かった点だ」

「あ、あはは……」


 個室の部屋だったので、もちろん邪魔者など入ってこなかった。

 部屋に入ってくる者は、料理を運んでくる人だけであった。



 昼よりも満足出来た食事を食べ、二人は部屋に戻る。

 やはり最高級な部屋なので、ヘルヴィはともかくテオはまだ慣れていない。


「やっぱりすごいですね……ソファとか、すごいふかふかです」


 一人用のソファに沈み込むように座ったテオ。

 人をダメにするような柔らかいソファで、そのまま座っていたら眠ってしまいそうになるくらいだ。


 いつもならまだ寝るには早い時間だが、テオは疲れていたので目が重くて少しだけ眠い。


 遊び疲れ、というのを初めて経験するテオであった。


 あまり経験したことがない疲れだが、決して嫌な疲れではない。

 少なくともいくつものパーティを追放されていた時の、精神や身体の疲れの時よりはずっと。


 むしろ精神は疲れておらず、身体だけ今日の動きについていけなかっただけである。


「今日は、疲れちゃいましたね……」

「……そ、そうだな」

「ああ、ヘルヴィさんは、このくらいじゃ疲れませんよね……」

「う、うむ……」


 テオは眠たそうな声でのんびりとした喋り方をしている。

 一方、ヘルヴィはなぜか緊張しているのか、固い喋り方であった。


「じゃあ、その……寝るか?」

「はい、そうですね……寝ましょう」


 テオはあくびを噛み締めながら答える。


 ヘルヴィはその返事を聞いてさらに緊張が増したような様子だ。


「テオが先に風呂に入るか?」

「えっ、いいんですか? ヘルヴィさんからでも……」

「い、いや、私は後でもいい」

「そうですか、じゃあ先に入りますね」


 ダメにされる前にソファから立ち上がり、テオは風呂に入って行った。



 最近はいつも二人で一緒に風呂に入っていたのだが、ヘルヴィはテオを先に入らした。


 それはなぜなのか?



 ヘルヴィはテオが風呂に入っている間も、落ち着かない様子で広い部屋の中を行ったり来たりしている。

 顔もいつも赤くなっていた。


 チラチラと……今日買った服が入っている袋を見ている。


「……よし」


 そして意を決して、袋を開けてこれから着ようとしているものを探す。

 いっぱい買ったので目当てのものを出すのに、少し手間取る。


 いつもなら指を鳴らして袋の中の衣服が瞬間移動して手元に来るのだが、それをするという余裕さえなかった。


 やっとそれを見つけ、取り出した時に……。


「あがりましたぁ……」


 寝巻きに着替えてまだ髪が少し濡れたままのテオが、風呂から帰ってくる頃だった。


 袋から取り出した服を咄嗟に後ろに隠したヘルヴィ。


「んんっ! そ、そうか、じゃあ私も入ってくるぞ」

「はい、ごゆっくり……」


 ヘルヴィは足早に脱衣室の方へ行く。

 顔に上った血を落ち着かせるために、ゆっくりと息をした。


 いつも通りパチンと指を鳴らすと、最初から無かったかのように着ていた服が消える。

 落ち着いたことによって、自分がそういう魔法を使えると思い出したのだ。


「この私が、何をこんなに慌てて……」


 風呂に入り、すぐさま湯船に身を沈める。

 テオがさっきまで入っていたので、ヘルヴィにとってもちょうどいい温度である。


「落ち着くのだ……たった、その……下着を着るだけだろう」


 そう、ヘルヴィが魔法を使用せずに取り出した服は、下着である。


 服屋でルナの母親と一緒に選んだ、下着。

 俗に言う――勝負下着というものだ。


 ヘルヴィはいつも同じ服で、脱ぐときも先程の魔法のように一瞬。

 つまり……下着姿を、テオに見せたことは一度もなかった。


 普通なら裸よりも先に下着姿だと思うのだが、ヘルヴィは逆。


 魔法で服を一瞬で消せるので、下着姿をテオに見せることはなかった。


 だからヘルヴィは、逆にとても恥ずかしいのだ。


 裸など、今まで何度も見せてきた。

 ここ最近はむしろ、共に裸で寝なかった日などないくらいだ。


 だからこそ、初めて見せる下着姿に緊張しているのである。


「下着姿など……裸よりも、普通なら恥ずかしくないはずだ……!」


 自分にそう言い聞かせるように湯船に浸かりながら、速くなっている心臓の音を聞き続けるヘルヴィであった。



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