第68話 押してダメなら?



 テオとヘルヴィは何事もなく、薬草採取を終えた。

 特に何かあったとしても、ヘルヴィがいれば何事もなく終わるだろう。


 街へ戻る前に、森の中でヘルヴィが作った弁当を広げて昼ご飯を食べる。


「すごく美味しいです!」

「ふふっ、そうか、良かったよ」


 頰いっぱいにご飯を詰めて、とても可愛らしい笑顔で伝えるテオ。

 毎回そう言ってくれるが、やはり何度聞いても嬉しいものである。


 弁当を作るのは少し面倒ではあるが、テオの笑顔と言葉があればいくらでも作るし、続けられそうだ。


「本当にすごいですねヘルヴィさん、一度教えればすぐに出来ちゃうんですから」

「テオの教え方が上手いからな、誰でも覚えられるぞ」

「……ジーナさんは全然ダメでしたね」

「……私とテオだからだな」


 どれだけ教えても料理は全く出来なかった、いつも笑顔で元気なジーナが二人の頭の中に思い浮かんだ。


「夕飯は僕がいつも通り作りますね!」

「ああ、多少の手伝いはする。楽しみにしてるぞ」

「はい!」


 テオは頭の中で今日の夕飯の献立を考える。

 商店街にあった食材を思い出し、ヘルヴィのお弁当を美味しく食べていた。


 ヘルヴィも毎回テオの料理が楽しみで、こういうときは頭の中を覗かないで夕飯までの楽しみに取っておくのだった。



 そして昼ご飯を食べ終え、二人は街へと戻りギルドへと向かう。


 カウンターにいるフィオレに話しかけ、薬草を納品する。


「うん、数もバッチリ。保存状態も完璧だね。さすがテオ君」

「あ、ありがとうございます……」


 テオは褒められて、少し恥ずかしそうに照れ笑いをしながらお礼を言う。


 フィオレはいつも褒めているが、ずっと同じような反応をするから毎回褒めてしまう。

 そしてギルドにいる受付嬢たちもその反応をすることを知っているから、テオが依頼達成の報告をしに来たら手を止めて見てしまうのだった。


 ギルド内にいる女性のほとんどが、子供を見守るような穏やかな気分になる。

 もちろんヘルヴィも一緒だが、彼女は少し違う。


(はぁ、可愛い……今日は私が我慢出来そうにないから、夕飯食べ終わってすぐに風呂に入って……)


 可愛いと思うのは一緒なのだが、それが親のような気持ちなのか妻としての気持ちなのかの違いだ。

 もちろんヘルヴィは妻なので、そういうことを考えてしまう。



 昨日、初めてヘルヴィは自分から誘わない、つまりテオの寝室に行かなかった。

 いつもはお風呂を出た後、リビングで二人でいるとそういう雰囲気になって、ヘルヴィから襲ってすることばかりだった。


 ヘルヴィは「押してダメなら引いてみろ」という言葉を思い出し、やってみた。

 彼女の場合「押してダメなら」とあるが、全然ダメではなかったのだが。


 そしたら効果は抜群だった。


 寝る時間になって二人それぞれ寝室に別れて、十数分経ってヘルヴィがテオの部屋に行こうか迷っていると……。


 寝室のドアが、開いた。

 すぐにヘルヴィは寝たふりをしたが、心臓はバクバクだった。


 心を読もうか迷ったが、悩んだ末に読まないことにした。

 そしてそれが正解だったことがすぐにわかる。


 ベッドで毛布に包まって反対方向を向いているヘルヴィを見て、テオも悩んで何度も躊躇してからベッドに入る。


 ヘルヴィの背中のあたりに入って、顔を頑張って覗こうとする。


「ヘルヴィさん……寝ちゃいましたか?」


 とても小さな、寝ていたら起こさないように配慮した声でそう問いかける。


 もちろん寝ていないヘルヴィは聞こえていたが、「押してダメなら引いてみろ」を心の中で唱えながら一旦返事をしなかった。


 すると……テオは、一人でし始めたのだ。

 ヘルヴィが寝転がっているすぐ後ろで、声を押し殺し、しかし官能な声が少し漏れて。


 一瞬でそれがわかったヘルヴィだったが、数十秒ほど頭が理解できずに固まってしまった。

 世界最強であるヘルヴィが、ここ数千年で唯一致命的な隙を見せた瞬間だっただろう。


 しかしそのような隙をつく相手はおらず、後ろでずっと一人でしているテオ。

 我慢出来るはずもなく。


 コンマ数秒で覆い被さり、その日は二人でまたいつも通り始めたのだった。



 そんなこともあって、これからは数日に一度は「押してダメなら引いてみろ」作戦を決行すると決めたヘルヴィだった。

 だが今日は我慢出来ないので、自分からテオの寝室に行くと決めた。



 ギルドで依頼の達成報告も終わり、二人はギルドを出て商店街へと向かう。


 ヘルヴィが夜のこと以外で唯一克服、というよりも少しドキドキしてしまうことがある。

 それは、テオと手を繋ぐことだった。


 夜にはもっと激しく、凄いことをしているにも関わらず、なぜか街中で手を繋ぐということが少し恥ずかしい。

 誰かに見られるのは別にいいのだが、ただテオと手を繋ぐこと自体がまだ慣れていない。


 どうしてなのかは全くわからないが、いつか慣れてくれることを信じて、今日も繋ぐ。


「じゃあ行きましょう、ヘルヴィさん!」

「ああ、テオ。私たちの家に、帰ろうか」

「はいっ!」


 ヘルヴィの言葉に、とても嬉しそうに頷くテオ。


 今日もとても幸せな一日を過ごし、二人は一緒のベッドで眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る