第42話 テント


 昼にヘルヴィが狩った鳥をまた上空から降ろして、それを夕飯として食べた。

 同じ食材を使ったが、テオの腕前で味付けなどは全然違ったので、飽きることなく美味しく食べられた。


 腹も満腹になり、良い気持ちで寝る……となったとき。


「テント二つしかないけど、ヘルヴィさんはテオ君と一緒でいいよね?」

「えっ……!?」


 ジーナが当然のように言ったことに、テオが声を上げて驚く。


「ぼ、僕とヘルヴィさん、一緒のテントなんですか?」


 同じ屋根の下に住んでいるが、同衾したことは一度もない。

 ヘルヴィとしては一緒のベッドでも良い、むしろ一緒に寝たいのだが、テオが恥ずかしがるのだ。


 テオは今回の旅もも違うところで寝るものだと思っていた。


「女性三人が同じテントっていうのはできないんですか……?」


 自分一人でテントを貸し切ってしまうというのは申し訳ないが、テオとしては精神的にそちらの方がありがたい。


「テントもあんまり広くないから、二人が寝転がってちょうどいいぐらいなのよ」


 しかしセリアの言葉に、テオの要望は儚く散った。


 テオも同じところで寝るというのが嫌なわけではない、嫌なわけがない。

 しかし物事には心の準備というものが必要だと思うのだ。


(い、いきなり、ヘルヴィさんと同じテントで……! き、緊張して眠れるかわからないよぉ……!)


 先程も言ったが、テントは狭い。

 どちらかが寝返りでもすれば、すぐに身体のどこかが当たるぐらいだ。


 テオは寝るときに寝返りをうつことが多い。


 手などが当たるぐらいなら、まだ我慢できる。

 だが他のところを触ってしまったら……。


 チラッとヘルヴィの身体を見て、顔の熱がさらに上がってしまう。


(うぅ、やっぱり無駄だよ……!)


 下を向いて赤くなった顔を隠そうとするテオ。

 もう夜で暗闇なので、ジーナとセリアですら見えていない。


 しかし悪魔のヘルヴィはしっかりと見える、そして心も見える。


「ん? ヘルヴィさんどうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 ヘルヴィも顔を背けていた。

 近い距離にいるジーナには、暗闇でも顔が赤くなっていることがバレてしまう可能性があるからだ。


(ああ、可愛い……! いいんだぞテオ、触っても。事故でも故意でも、どちらかというと故意の方が嬉しいが……いや、私から事故に見せかけて触りに行くのもありかもしれん……!)


 違うことを考えているが、夫婦で顔を真っ赤に染めていた。


「テオ君はヘルヴィさんと一緒に寝るのが嫌なの?」

「い、嫌ってわけじゃ……! は、恥ずかしいだけで……!」

「そうなんだ。じゃあそれならさ、昔一緒に寝たこともあるし、私かセリアが一緒のテントに――」


 ジーナがその続きを言おうとしたのだが……うなじに、ヒヤリとした感触が当たった。


 いつの間にかヘルヴィの人差し指が、そこに当てられていた。

 ただの指のはずなのだが、ジーナには抜身の刀が当てられている感覚だ。


「その続きを喋るときは――覚悟をしろよ」


 ジーナの耳元で囁かれた言葉。

 テオやセリアには聞こえていないが、なんとなくセリアは何を言われているのかはわかった。


 しかしその恐怖はやられた者にしかわからないだろう。


「て、ていうのは冗談で、テオ君とヘルヴィさんが一緒のテントだよね! うん、これは絶対! 夫婦なんだから当たり前だよね!」

「……ふむ、そうだな」


 ジーナのうなじから指が外された。

 ヘルヴィがその場を離れテオに近づくのを見て、ようやくジーナは安堵のため息をついた。


「そ、そうですよね……」

「テオ、私と一緒でいいか?」

「は、はい、その、寝相が悪いかもしれませんが……」


 恥ずかしがりながらテオはそう言うが、「むしろありがたい」とヘルヴィは口から出かかった言葉を飲み込む。


「……私も、寝相が悪いかもしれん。そこはお互い様だ」


 ヘルヴィは寝るとき、微動だに動かないことが多い。

 しかしそう言っておけば……事故と見せかけることができる。


「よ、よろしくお願いします……」

「ふふ、緊張しすぎだぞ、テオ」

「だ、だって……」


 ヘルヴィはテオの耳元に顔を持っていき、囁く。


「これからずっと、一緒のベッドで寝てもいいのだぞ?」

「――っ!」


 耳まで真っ赤になったテオを見て、ヘルヴィはこの後の夜に心を踊らせた。



「し、死んだかと思った……!」

「何やってんのよ。ヘルヴィさんなら絶対に怒るってわかるでしょ」

「あんなに絶対的な死を感じたのは初めてかも……両親が天国で手を振ってるのが見えたもん」

「あんたの両親まだ生きてるでしょ、なんで勝手に殺してんのよ」

「あ、そうだった」


 ヘルヴィとテオの後ろで、そんな会話をしている二人だった。


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