第15話 ご褒美の続き
「あっ、ヘルヴィさん、おかえりなさい」
リビングに入ってきたヘルヴィを見て、テオは笑顔でそう言った。
「ああ、ただいま」
ヘルヴィは、何事もなかったかのように。
頰を少し緩め、応えた。
「ちょうど用意ができましたよ」
「そうか、やらせてしまって悪かったな」
「いえ、フィオレさんも手伝ってくれましたから」
「ほとんどテオ君が一人でしちゃったけどね」
そして三人は食卓につき、食べ始める。
夕食の献立はハンバーグステーキ。
ヘルヴィが肉が好きということを事前に聞いていたので、テオが一番得意な肉料理を作ったのだ。
昼ご飯のときにご褒美は終わったとヘルヴィは考えていたが、テオはまだご褒美をしきれていないと思った。
フィオレも来るということで、結構豪華な料理を作った。
ヘルヴィとフィオレが同時にナイフとフォークを手にして、切り分けて食べる。
それをテオはドキドキしながら、二人の様子をうかがう。
「ど、どうですか? 初めて作ったので、ちょっと自信ないですけど……」
下から覗くように顔を見てくるテオに、少しドキッとしながら二人は咀嚼する。
そして飲み込み、二人とも笑顔で答える。
「美味いぞ、テオ。絶品だ」
「うん、美味しいよテオ君」
「そ、そうですか! 良かったです……!」
曇っていた顔が、一気に晴れやかになったテオの可愛い表情に、フィオレは身悶えしないようにするのが必死だった。
(はぁ……テオ君可愛いすぎるよぉ……)
ずっとその笑顔を見ていたら、ニヤけるのが耐えられない気がしたので、目線を外して食事を進める。
頭の中ではさっきの笑顔を反芻する。
(よく耐えた、私! うん、あの笑顔は反則だと思う。だけど……)
フィオレはチラッと、ヘルヴィの様子をうかがう。
フィオレの目からは、彼女が何もなかったかのようにテオの手料理を食べているように見える。
あの笑顔を見て、何も動じずに。
(もしかして、テオ君の笑顔に何も感じない人なのかな? それだったら、少し残念な気がするけど……)
テオの笑顔で母性本能などをくすぐられないなど、損をしている。
そう思いながら、コップを手に取り飲んでいると……。
(そんなわけないだろ、可愛いに決まっている)
「んっ!?」
突如頭に響いてきた言葉に、驚いて飲んだものを吹き出しそうになった。
「だ、大丈夫ですかフィオレさん? 喉に詰まっちゃいましたか?」
「う、ううん、大丈夫だよ」
ギリギリ吹き出さないで、ホッとする。
そして今、頭の中に響いてきた声の人の方をチラッと見る。
「ん? どうしたんだ?」
「い、いえ……なんでもないです」
不思議そうにこちらを見てくるので、何も言えない。
(気のせいだったのかな……?)
(いや、気のせいじゃないぞ)
「っ!?」
やはり聞こえた声に、またもや驚く。
ヘルヴィの方を見ても、喋っている様子はない。
(頭の中に直接話している)
(そ、そんなことができるんですか……?)
(ああ、最強だからな)
(それはよくわかりませんが……)
口に出さずに、頭の中だけで会話を成立している二人。
テオから見たら、何も話さずに集中して自分の料理を食べてくれているので、ニコニコと笑っている。
(見ろ、あの顔。あれを可愛いと言わずに何と言うのだ?)
(ど、同感ですけど……そんなにはっきり言いますか?)
(お前こそ、さっきは『可愛すぎるよぉ』と言っていたではないか)
(い、言ってないです! 思っただけです!)
二人の頭の中で、こんな会話が繰り広げられているなんて、テオは思いも寄らない。
そのまま口から言葉を発する会話はほとんどせずに、夕食を食べ終わる。
三人で食器を片付け、またヘルヴィが皿洗いを手伝おうとするが。
「あっ、ヘルヴィさん。食後のデザートもあるので、良かったら食べてください」
「デザート?」
「はい、ヘルヴィさん甘いもの好きって言ってましたよね?」
「ああ、そうだな」
「なのでプリンを作ってみました。フィオレさんの分もありますよ」
「えっ、本当? ありがとう、テオ君」
テオは手の平サイズのカップで作った、プリンを持ってきて二人が座ってる前に置く。
「どうぞ、僕は皿洗いしておきますね」
「テオの分はないのか?」
「えっ、ありますけど……」
「じゃあ皿洗いは後でいい。一緒に食べよう。テオと食べないと、美味しさが半減してしまう』
「っ! はい、ありがとうございます!」
「ふふっ、礼を言うのはこちらの方だ」
お互いに顔を見合わせて笑う二人を見て、フィオレは頰を緩める。
(やっぱり昔からの婚約者には、勝てないなぁ……良い人と結婚できてよかったね、テオ君)
その心の声は、ヘルヴィは聞いていなかった。
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