JKが三人寄ると異世界が碌でもない目に遭うそうですよ

南川 佐久

第1話 カミサマからのおくりもの

 秋。少し肌寒いが日差しは暖かく、風が心地よい。大会会場の通路からは紅葉に彩られた美しい山々が見えた。この景色を拝めただけでも、はるばる京都に来た甲斐がある。

 秋の弓道大会。私は、強豪ひしめく京都で自分がどのくらい通用するのかを試す為、東京から遠征に来ていた。お兄ちゃんの真似をして始めた弓道だったが、これがなかなかに面白く、のめり込むうちに、都内では個人の部門負けなしとなっていたからだ。

 更衣室で着替えを終え、自分の弓を持って部屋を出る。


 私にとって、弓はいたってシンプルだ。精神を集中させて自分の番を待つ。順番が来れば弓を引く。他のものを視界に入れることはない。ただ、目の前の的と自分にのみ意識を向ければそれでよかった。『いつもどおりにすること』。お兄ちゃんに教わったがそれが、今日もちゃんとできた。

 精神の集中を解いて辺りを見渡すと、次の選手と思しき子が緊張で震えていた。

(なんか申し訳ないことをしたな……)

 何せ直前の私が、的を一切外すことなく終えたのだから無理もない。そんなことを思いながらぶらぶらと自分の持ち場に戻り、今度は会場全体を見渡す――と、ひらひらとしたものが視界にチラついた。


 見上げると、応援席で手を振るふたりの女子高生が目に留まった。高田(たかた)アンと桜庭(さくらば)麻穂(マホ)。クラスメイトで、私の幼い頃からの親友。

 ふたりは、私の試合の為にわざわざ東京から応援に来てくれた。――というのは建前で、私の試合にかこつけて両親にお小遣いをもらい、京都に遊びに来たようだ。


「凛ちゃーん!」

「凛!お疲れ!」

(まだ試合している人もいるんだから、会場ではお静かに!)


 周りを気にしないふたりの振る舞いに思わず赤面し、視線を逸らす。

(観戦ルール、ちゃんと教えればよかったかな……)

 後悔先に立たず。今は他人のふりをして乗り切ることにする。私は落ち着かない気持ちのまま、他校の生徒の試合を観戦し、表彰式を迎えた。


 私の成績は個人の部門一位。ここまでうまくいくと思っていなかったが、今日は特に調子が良かった。いつもどおり、がちゃんとできたから。まさに百発百中。ノーミスで優勝だ。

 連盟の会長に笑顔で迎えられながら、表彰の檀に登る。


「都立高校二年、速水(はやみ)凛(リン)殿。貴方は第八十回全国弓道大会個人の部において、大変優秀な成績をおさめました為、表彰いたします」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、差し出された表彰状を受け取る。顔を上げると、会場から賞賛の拍手が浴びせられる。ちょっと照れ臭いけど、心地のよい喝采だった。


 表彰式を終えてスマホの電源を入れると、大量の通知が来ていた。アンとマホからだ。

(電源切っててよかった……)


 この後は、アンとマホと合流して京都観光をする約束になっていた。清水寺へ行った後、近くの和風スイーツのお店へ行く予定。待ち合わせ場所の正門でふたりの姿を探す。

(お、いたいた) 


「おまたせ!」

「凛ちゃん優勝おめでとう~!!相変わらずカッコイイねぇ!」

「黒髪サラサラストレートで、凄腕弓道美少女とか、チートすぎでしょー」

「いやいや、照れるからやめてって……」

「謙遜しちゃって。そんなだから、後輩の女子から『貴公子(プリンス)凛様』なんて言われるんでしょ」

「凛ちゃんモテモテ~」

「だから!そんなんじゃないって!!それより、この後は清水寺?」

「そうそう。そのあと、生麩のパフェ食べよ!」

「え、アンさっき、黒いわらび餅食べたいって言ってなかった?」

「え~、両方行こうよ両方!いいよね?凛ちゃん!」

「はいはい。和風スイーツなら何でも好きだから、お店はふたりに任せるよ。できれば生クリームないやつで」

「りょうか~い」


 ふたりは意気揚々とスマホでカフェの検索を始めた。私はふたりよりもスイーツに詳しくないから、こういうのは専門家に任せるに限る。勿論、甘いものは好きだけど、ホイップクリームみたいにデロデロにあまいやつは少し苦手。

 前に原宿のパンケーキ屋に行ったときは凄かった。胃もたれするほどのシロップに山盛りのホイップクリーム……に埋もれるように敷かれている三段重ねのパンケーキ。パンケーキだけ食べた私の皿に残っていたクリームを、ふたりして取り合うように食べ切ってたっけ。


 ふたりはカフェ探しに夢中なので、その間、私は清水寺までの行き方を調べることにする。近くのバス停から一本で行けそうだ。GPSを頼りに進んでいる最中、カフェのURLが載った、ふたりからの通知が止まることはなかった。スマホの充電がすごい勢いで減っていく。


「ふたりとも、電池なくならない?」

「バッテリーあるから平気―。凛、持ってきてないの?」

「小さい奴だけなら。マホみたいな大容量のはもってない」

「マホはヘビーユーザーだもんねぇ」

「アンだって相当じゃん」

「私はマホと違ってソシャゲ廃人じゃないもん」

「廃人じゃないってばー!」


 ふたりはそんな他愛のない会話をしながらも、スマホを弄(いじ)る手は止まっていない。私よりも格段にスマホの扱いが上手いのは間違いない。私はどちらかというとスマホやSNSの扱いは同世代の子と比べると、疎い方だった。


「とりあえず、私は地図みておけばいい感じ?」

「いいかんじ」

(えっと、バス停はここから――)

「おねーさん達、楽しそうだね。どこいくの?」


 不意に、ランドセルを背負った男の子に声をかけられた。金髪碧眼、白いブラウスに黒の短パンを履いている。ハーフかな?なんともお金持ちっぽい見た目の子だ。


「清水寺に遊びに行くんだよ。キミ、この辺の子?」

「ボク、お名前は~?」


 私とアンの問いかけに、男の子は少し考える素振りをする。

(日曜にランドセルを背負ってるなんて、なんか不思議な子だな……)


「ボクはね、この辺といえばこの辺の子だよ。どこにでもいるけど、どこにもいない」

(――ん????)


 アンとマホに視線を送る。


「ボクはカミサマだから。名前は、簡単には教えられないよ」


(あー、これは……)

「電波じゃね?」

「ちょ、マホ!声大きいよぉ!」


 ふたりも私と同じ感想なようだ。


「そうだなぁ。じゃあ、ロード=キング・エンペラーにしよう。ロ=キ・Eって呼んで?」

「すご~い!王様みた~い!」

「いやいやいや。アン、それ明らか偽名だから。信じないでよ」


 良い反応をするアンに対し、マホはうんざりといった表情。

(変な子だけど、放っておくのはよくないよね……)


「わかった、わかった。近くの交番まで一緒に行ってあげるから、おいで?」


 私が手を差し出すと、『自称・カミサマ』の少年は素直に手を握り返す。


「そんなことよりさ、おねーさん達、さっきからずっと楽しそう。ボクも混ぜてよ」

「混ぜてって、清水寺に行きたいの?」

「ううん。もっと楽しいトコ、連れてってあげる」

「楽しいとこぉ?」

「ねー、凛。こいつ、ほんとに大丈夫なのー?」


 ふたりの反応は、相変わらず正反対だ。


「秘密の場所があるの。耳かして?」


 そういって少年は私の手を引っ張ってきた。言われるままに、少し屈(かが)んであげる。

(思ったより力が強いな――)


 ――ちゅ。


(ん?)


 頬に感触を感じる。よく見ると、少年がわたしのほっぺにキスをしていた。


(ええええ?何コレ?最近の小学生ってこうなの?それとも挨拶代わりってやつ?)

 意味がわからず戸惑っていると、急激な睡魔に襲われた。

(え、まぶた、開かないんですけど――)


 アンとマホの方を見る。ふたりも少年にやられたらしく、歩道に突っ伏して眠りこけていた。少年がこちらを覗き込む。


「いってらっしゃーい♪おねーさん達……」


(もうダメだ。これ以上は――起きてられない)

 私は意識を手放した。

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