忘却ストーカー

豆腐

青春の後

 節電の為にと開けておいた窓からは湿気を含んだ風が入ってくる。

 女子にしては散らかった部屋で扇風機を回したせいか、ファンデーションを拭ったティッシュがベットの方へと舞い上がる。


 今年27歳になる菜月は、結婚ラッシュにおそわれていた。7月末の時点で今年4回目になる。菜月自身は、ラッシュにうんざりしているようだったが、今回は家の近くで開催される事と、高校時代の友人に会える事で楽しみになってきていた。


 それでも財布を気にして、今回はヘアセットもメイクも自分で行っていた。なかなか汗でファンデーションが馴染まない頬に、菜月は段々と気分が落ち込むのを感じていた。


 家から徒歩5分圏内にある結婚式場は海沿いにあり、新郎新婦は祭壇の向こうに海が広がるのを見ながら、愛を誓うことができる人気の場所として知られていた。


 菜月が高校時代所属していた卓球部の部長、優花が新婦とあって、式場では当時の部員が同じテーブルを囲うこととなる。菜月は、うなじの汗を拭きとりながら早足で式場へと向かう。受付を済ませテーブルに向かうと、菜月以外はもう到着し話が盛り上がっているのが見えてくる。


「菜月ー! 相変わらず1番最後だね。いっつも、時間ギリギリだよね」

 菜月の左隣の席に座るのは、学生時代一緒にダブルスを組んでいた和。


 紫色のドレスは彼女の金髪と合わさって気品良く見える。和は、名前やドレスのセンスから、シックで大人なイメージを与えるが中身は全く異なる。


 和は声も大きく、大雑把な所もありつつ男気がある。学生時代は地味な子を虐めるようなタイプだったが、彼女ももう大人……バツイチではあるらしいが陰湿な印象はうけない明るい女性である。


「和、久しぶりだね! 成人式ぶりかなー。みんなも。もうあれから7年か……早いなあ」

 菜月は、和に返事をしながら席に着き、机に座る他のメンバーを見渡す。


 元副部長の美月は菜月と一番仲が良かったこともあり、和とは逆方向の右隣に。その隣から、愛と若菜が並ぶ。愛と若菜は3年間ダブルスを組んでいた。どうやら席は、当時のペアを意識して考えられているようだと菜月は感心していた。


 菜月は、右隣の美月の方を向く。会話のペースは、大きな声で話す和と冗談の多い若菜が握っているため、大人しい美月は入る余地がないようだった。


「美月、久しぶりだね。と言っても、去年の秋にご飯行ったけど」

 美月と菜月は、年に1度は食事に行くようにしていた。近所の居酒屋で、近況を報告する程度の軽いものだった。


「そうだね。誰か結婚式呼んでほしいって話していたけど、部長が呼んでくれるなんてね……私なんか高校の友達は部活メンバーだけだから、本当に嬉しくって」

 それ以前に美月は友達が多い方ではなかった。


 学生時代から学年トップの成績を持ち、大人しい。卓球が上手い事も、見た目からは全く想像できない位のザ優等生という外見だった。


 菜月自身、気が立ちやすい性格もあって美月の性格に助けられていた。一見、真面目で地味な彼女は、優しく距離感を取ることが上手い。気が立っているときは、適度に距離を取ってくれ、反省モードが始まると寄り添ってくれる彼女を、まるで姉のように慕っていた。


「でも、全然知らなかったねー。優花、結婚考えるような相手がいたなんて! 昔からモテモテだったけどさ、あんまり長く続く人はいなかったみたいだし」

 若菜が、少し前のめりになり小声で言う。

 

 優花は、モテ部長とあだ名が付くほど学生時代はモテていた。運動部の各部長が優花を狙っているなんて噂もあった。彼女自身、活発で明るくリーダー的存在だったため、女子からも人気があった。


 しかし、長く続かないとしても有名だった。恋バナで集まると毎回、相手が変わっていたことを全員が覚えていた。


「まあまあ、それはよしとして! そろそろ始まるよ?」

 ひそひそ話が始まろうとしていた為、まとめ役の愛がその場を収める。


 もう司会の紹介が始まっている。確かにあと5分くらいで新郎新婦が入場してくる。その時、美月が菜月の肩を指先でポンポンと叩く。


「なに?」

「あのね、式が終わったら相談があるの。家に行ってもいい?」

 そんな風に言われたら、気になってしまうなと菜月は苦笑いしながら、頷く。


 結婚式は、そつなく行われた。優花は、菜月達のテーブルに来て何枚か写真を撮り思い出話をしていく。菜月は優花の結婚式だというのに、美月の相談が気になってしまい、何度も顔色を伺うが、特に変わった様子はなかった。

 結婚式が終わり、テーブルにいたメンバーでコーヒータイムをしてから、帰路に着く。


 菜月と美月だけになり、夕焼けに背を向けて家まで歩く。

「相談って、みんなの前じゃ言えなかったの?」

 式の間中ずっと気になっていたことを、やっと口にできる解放感を菜月は感じていた。


「ごめん……2人になってから話したくて。家に着いたら話すね。今日泊まってもいい?」

 先程まで明るく話していた美月の顔に影が落ちる。

「1人暮らしだし、良いけど家に何かあるの? ゴキブリとか?」

 菜月は少しふざけてみるが、美月はすっかり暗い表情のままだったので、ごめんとだけ加えた。


 部屋は朝のままだったことを思い出し、美月を玄関で待たせてからドタバタとエアコンを入れ、部屋を片付ける。


「ごめんね。散らかってるけど……あがって、あがって!」

 菜月は美月を招き入れる。美月は、おじゃましますと声をかけてから部屋にあがる。冷房がまだ効きはじめたばかりの部屋で、美月に麦茶を出し菜月はベットに腰かける。


「で? どうしたの? 家に帰りたくない理由があるの?」

 菜月は気になって仕方ないといった様子で美月に問いただす。美月は言いにくそうに、声を絞り出す。


「実は……最近、毎晩深夜に15分位ピンポンされてて、家に居たくないの。それに最近ストーカーされてるのか、郵便箱にこれが入っているの」

 そういって美月が取り出した写真には、彼女の買い物中の後ろ姿や、ジムでの運動している姿など様々な瞬間が切り取られていた。


「警察には相談したの? これどう見てもストーカーじゃん」

「相談はしてるけど、被害的にも特に何もしてくれなくて。こんな感じだから、ピンポンダッシュも扉を開ける勇気が出なくて。相手の写真とかとれば警察も動いてくれるとは思うのだけど」

 確かに独り暮らしの女性が、悪質なピンポンダッシュをされているのに扉を開けるのは危険である。


「なるほどね。今から美月の家に行って、私が扉を開けるっていうのはどうかな? 相手も急に開いたらびっくりするだろうし、写真も撮れるかもしれないし」

「流石に危ないよ……凶器とか持ってたらどうするの」


 菜月は危険性まで考えていなかったようで、ウーンと唸る。あっ! と思いついたような声を菜月があげる。

「美月の部屋、1階だったよね? 15分もピンポンされるんだったら、私がベランダから出てこれで写真だけ撮れば、安全よね」

 そう言って菜月は、ベットの下から趣味の一眼レフを取り出す。確かにそれならと美月も頷く。


 土曜日ということもあり、宿泊の準備とカメラを持って美月の家へと向かう。徒歩15分程、最寄駅に向かって歩く。そう遠くはない。


 美月は調理師免許も持っているカフェ店員のため、軽い食事を作る。食後は、テレビを見ながら談笑し2人で深夜を待つ。


 0時を超えて、さあ寝ようかと話をしているとピンポーンという音が鳴り響く。菜月は来たかと、素早くカメラを持ちスリッパでベランダへ出る。


 美月は小声で気を付けてねと菜月へ囁き、そっと玄関の扉の前に立つ。頬をドアに擦り付けるようにしてドアスコープを覗きこむが、真っ暗で何も見えない。


 穴を塞いでいるのかもしれないという考えが、美月の脳をよぎる。ベランダの方へ目をやると、菜月はベランダの柵を越えて外から玄関側に回っていくのが見える。


 菜月は、呼び鈴の音が段々と激しくなっていくのを聞きながら、少しずつ回り込んでいく。玄関口が見える場所に来ると、黒いサウナスーツのようなものを着た男が目に入る。  


 右手でドアスコープを塞ぎ、左手で何度も呼び鈴を押している。菜月は、近所からの通報が来ないものかと考えていたが、玄関側にあまり音はしていないようだ。


 シャッター音が聞かれないように、少し離れながら横顔が写るように望遠で拡大し写真を撮る。何枚か撮れたことに菜月は、ほっと胸をなでおろす。


 その時、気が緩み過ぎてしまいシリコン製のスリッパが左右で擦りあわされ、キュッという音が出てしまう。黒い男は、こちらに気づき顔を隠すようにして走り去る。カメラを見られなかったからか、特に深追いされることは無かった。


 急に呼び鈴が止んだため心配して美月が玄関から出てくる。きょろきょろと玄関付近に目をやり、菜月を探す。


「ストーカー男なら、走って逃げて行ったよ」

「え? 大丈夫? 急に音が止んだから、菜月が見つかって何かされてるんじゃないかって心配したのよ!」


 心配してくれる美月に、ごめんごめんと菜月は言いながら部屋へ戻る。

「でも写真撮れたよ! これ印刷して警察に持っていけばいいね」

 菜月はカメラのデータを美月に見せながら話す。


「そうだね。結構ハッキリ撮れてるし、明日行ってくるよ! ……菜月?」

 菜月がカメラのデータを覗きこんだまま黙り込んでしまう。


「いや……この男、見たことがあるような気がして。どこだったかな……思い出せそうなんだけど」

「そう? 私は全然よ。横顔だけだし、特徴もないしどこにでもいそうな男ってことくらい。それより、もう寝ましょう?」

 菜月は、どうにも気になってしまう頭を引きずったまま布団に入る。そして、夜は更けていった。


「菜月! 朝ごはん出来たよ? 起きてー!」

 日曜日だというのに、朝もしっかり7時におきて、他人の分の朝ごはんも作ってくれる美月は流石だなと菜月は思う。相変わらずの真面目に感動しながら、目玉焼きにサラダ、ご飯、味噌汁という典型的な朝ごはんを食べる。


 美月は出かける準備を始めたので、菜月は顔も洗わないまま写真の整理をする。印刷だけでなくデータも持っていった方が良いと思っていたので、美月のPCでUSBにコピーする。


「菜月、悪いんだけど……バックアップを取っておきたいからクラウドに入れてほしいの」

「私のカメラの中だけじゃ不十分?」

 いやとバツが悪そうに、美月は首を振る。


「そういうわけじゃないけど……ね。犯人が、菜月のデータを狙って盗むかもしれないしUSBも盗まれたら困るから、どこかクラウド上に入れておいてほしいんだけどお願いできる?」

 確かに物騒な世の中だし、有り得ないこともない。美月のPCで有名クラウドへログインし、データを入れておく。


「ここに入れておいたよ! パスワードは私しか知らないから、これで大丈夫だね」

 そういうと美月は安心したようで、化粧の続きを始めていた。菜月は、顔を洗いすっぴんのまま自宅へ戻る準備をする。


 1週間後、美月から犯人は警察に捕まったからもう大丈夫という連絡が届き、事態は収束したように見えた。


 しかし、その日から、菜月の周辺で妙なことが起こり始める。


 深夜2時寝静まったあとで、窓ガラスへ投げられる小石。深夜のピンポンダッシュ。美月の家で起きていたことが、突然菜月の家で毎日のように行われる。

 ある日には、ポストの中いっぱいになるまで菜月の写真が入っていた。中には、高校時代の部活の写真まで混ざっている。


 すぐさま菜月は美月に電話をかける。

「美月のストーカーって捕まったんだよね?」

「どうしたの? そんなに息を切らして。そうだよ。今は警察の監視下にあると思うけど」


「私の家でも深夜のピンポンが始まって……変な写真も沢山届くし……」

 恐怖からか菜月の声は泣いているように聞こえる。

「大丈夫? 明日警察に行った方がいいよ! 多分見張りは付けてくれると思うから」


 流石に耐え兼ねた菜月は、次の日警察に相談し見張ってもらったが、警察が来た日に限って何も起きず仕舞いだった。


 数日後、ある郵便物が届く。宛名のない郵便物を恐る恐る開く。封筒いっぱいに詰め込まれた紙は、菜月のSNSページを印刷したものだった。菜月はへたへたと、その場に座り込んでしまう。


 それは、ただのSNSのページではない。所謂裏アカウント。彼女が学生時代から溜め込んできた愚痴を、誰にも見せずに呟いていたSNSのページだった。もちろんロックをかけて、菜月が許可しないと見ることが出来ないようにしているはずだった。


 それを印刷してくるということは、こちらは何でも知っているといわんばかりだった。いつ撮ったか分からないプリクラや、学生時代やんちゃした時に作ったブログの魚拓まで何でも送られてきた。


 それが何日も続き、ピンポンダッシュから菜月は寝られない日々を過ごしていた時だった。ある日、美月から心配の電話がかかってくる。


「まだ続いてるの? もう2週間は経つんじゃないの? 明日から3連休だし、泊まりに来ない?」

 寝れてないんでしょと美月は付け加える。菜月にとっては思ってもいない申し出だった。


 菜月は行くと返事をしてから、2泊分の準備を鞄に詰め込み気味の悪い部屋を飛び出して歩く。途中で化粧道具を忘れた事に気が付き、一瞬足が止まるが、そんなものは借りればいいと思い直し小走りで美月の家へ向かう。


 美月の部屋の扉を開けると、コンソメの優しい匂いが漂ってくる。夕食まだだったよねと、美月は人参を銀杏切にしながらこちらに顔だけ向ける。


「夕食もなんて、ごめんね。いつも私はしてもらってばっかりで……」

「良いよ、別に。私もストーカー被害の時、助けてもらったし。気にしないでよ」


 てきぱきと食事の準備を済ませ、テーブルに夕食が並べられる。豆腐ハンバーグ、ホウレンソウのソテー、コンソメスープ。バランスは勿論、色とりどりである。


「相変わらず、すごいねえ……嫁にくる? 毎日食べたいくらい」

 美月は、クスクスと笑いながら答える。

「勘弁してよ。私だって彼と結婚したいんだから……それより冷めちゃうから食べて」

 菜月は、彼の話を掘り下げたかったが食事を先に済ませることにした。


 食事を済ませ、前回と同じように、テレビを見ながらのんびりと過ごす。学生時代の思い出話も、会社の愚痴も滝のように溢れて止まらない。すぐに日付が変わる頃になる。


 菜月は、この家に来る前より穏やかな気持ちになっていた。寝る準備をし始めると、最近寝れていなかったせいか布団を敷いた途端、眠ってしまう。それを見て、美月はクスクスと笑いながら同じように布団に入るのだった。


 深夜1時。もう殆どの住宅の電気は消え、寝静まっている時、美月の家のチャイムが鳴る。ピンポーン。

 誰も出てこないせいか、ピンポーンピンポーンピンポーンと何度もなる。


「菜月……起きて。うちでも鳴ってるんだけど……」

 菜月は久しぶりの熟睡を妨げられたせいか、目の前がボンヤリとしており、頭が働かない。


「警察呼ぶ? もう私、開けちゃおうかな……」

 菜月は自棄になったのか、おぼつかない足取りで玄関へ向かう。全て終わらせたいと、それだけを考えていた。


 美月は、危ないから止めたほうがいいよと声をかけるが、制止を振り切り玄関のドアへ向かう。

 菜月は恐怖心よりも、この幾度となくピンポーンという音を早く止めたい一心だった。開錠し、ドアを押し開く。


 まだ寝ぼけているのかと菜月は感じていた。絵に描いたような黒づくめの男が立っているのだろうと思っていた。しかし、実際は4人の女性と1人の男性だった。それは菜月にとって、よく知るメンバーであった。


 最初に口火を切ったのは、美月だった。

「みんな、遅いよ。私まで熟睡する所だったよ?」

 菜月は振り返り、美月の顔を見る。


 美月は、普段の真面目そうな顔からは想像もできないような悪い笑顔を浮かべていた。一種の達成感のようなものを感じていた美月は、そのまま菜月を壁の方へ押しやりながら、玄関でスリッパを履き、来訪者の中へ混ざる。


「……どういうこと?」

 菜月はそれだけ言うのが精いっぱいだった。目の間に並ぶのは、元女子卓球部のメンバーと1人の男だった。裏切りの断罪が始まる。


 結婚式を終えてまだ1ヶ月程の優花が、菜月の目の前に来て肩を小突く。

「本当に分かってないわけ? 貴方の学生時代にやってきたことに不満があるメンバーが全員で、結婚式当日から計画を実行してきたことなのに?」


 菜月は理解しきれず、未だ茫然としている。そのことに苛立った優花は、美月の肩を引き寄せ、言ってやんなさいよと呟く。


「私のストーカーなんか居ないわ。全部嘘。もちろん警察にお世話になったこともない。ピンポンダッシュは、元彼の洸くんに。あの時、写真を撮られたから気づくと思ったのに菜月ったら、すぐ忘れるのね。本当に相変わらず」


 美月は種明かしするように、嬉しげに話す。男は当時の美月の元彼である洸だった。菜月が、見たことがあると感じたことも当然と言える。


「最初から全部計画だったの。私にストーカーがいるからと相談に乗ってもらって、犯人が捕まったら、菜月の身の回りで同じことが起き始める。私が撮られている写真は、優花達に撮ってもらった物だし、菜月が撮られている写真はメンバー内で相談して、交代で尾行して撮ったのよ」


 今までの苦痛が、全部目の前にいる部員達の仕業だったと明らかになってくると、菜月は沸々と怒りがこみ上げる。どうして、なんで……問い詰めたいことが湧き出る。

 優花がそんな菜月の表情を確認して、可笑しそうに笑う。


「何が可笑しいの? どうして、こんなことしたの!」

 つい菜月は大きい声を出してしまうが、ケロッとした馬鹿にした表情で、優花は答える。


「本気で言ってるわけ? 毎日送ってあげたSNSのコピー見ても、自分には身に覚えがないとでも言うの? みんな貴方に何されたか覚えてるのよ。……みんな、言ってあげなさいよ」

 優花は他の5人を見て話す。


 最初に、理由を話し始めたのは愛だった。

「私は知ってるから。3年以上、中学からの彼氏と付き合っているのが妬ましいからって、SNSで匿名のアカウント大量につくって悪口書きまくったでしょ。

 自分の恋愛が上手くいってないからって、表面上では仲良くしながらそんなことして。私が仲良い子たちに、嘘吹き込んだりもしたよね。全員から聞いてるんだからね。

 あの時、本当に毎日傷ついてたし、菜月が怪しいって思いながらも証拠はなかった。でも郵送したSNSのコピー……あそこには全部書いてた。もう言い逃れできないよ」


 菜月の顔が少し青ざめて反論できないことをいいことに、続ける。愛が話し終わったことを確認し、若菜も続く。


「私の場合は、レギュラー決めの試合。毎回のように私を指名して、体にあてたり顔を狙ったり、反則紛いなことばかりしてたよね。先生にも、私が休憩してるとサボっていると言いつけたり、少しでも私の評価が下がる事が嬉しそうで、本当に腹が立った」


 若菜が話し終えると、待ちきれないといった様子の美月が話す。

「私の事、高校の時馬鹿にしてたでしょ。私が地味だから、自分が友達になってあげてるとか、SNSに投稿していること知ってたよ。機嫌が悪いと無視したり、成績が悪いと八つ当たり……毎日菜月の相手をするために、学校に来ているんじゃないと思ってた。でも1番は、私に彼氏が出来るとボディタッチを増やして、喧嘩が増えることを楽しんでたこと。本当に最低……」


 怒りを抑えきれない彼女をフォローするように、隣にいた洸が話す。

「野球部の部長だった俺と、美月が付き合うのが、そんなに嫌だったのか……俺に色仕掛けするだけに飽き足らず、俺が美月に暴力ふるっているなんて噂まで流して。流石に部員からも心配されるし、先生まで信じたから大変だったんだ……別にそれが原因で別れたわけではないのに、その後まで色々言いやがって。全部知ってるからな」


 優花は、洸が話おえると和の方を見る。和は自分の番だと意気込んだ表情を見せ話す。

「私は、ダブルス組んでたから別段嫌なことはされなかったかもしれない。でも、噂話が好きな私を利用して、あることないこと吹き込んだ上で、私のことスピーカー系ブスって話していたことは知ってる。当時ニキビも多くて、不細工だったかもしれないけど、それ以上に利用されていることを知ってショックだった。

 私が噂を広めなくなると、利用価値がないと思ったのか機嫌いつも悪そうで、本当に困ったよ。試合も近かったし、凄く焦った。みんなから復讐されるような人だったし、それを、まず自覚してほしかった」


 優花が全員話終えたことを確認して、菜月の顔をみる。菜月は、玄関口で今にも倒れそうな顔をしている。


「どう? 自分が復習される理由分かった? みんなの気持ちが分かっていながらも、部員をまとめるのは本当に大変だった。菜月は、後輩指導を上手くやっているように見せながら、他の人たちは全然しないと言い回って、意図的に他のメンバーが評価さがるように仕組んだりしていることも知っていたし。全員、菜月のことを学生時代から恨んでいたの」


 菜月自身、学生時代を悔やんでいる部分もあった。情緒不安定で他人にイライラし始めると行動を止められないところがあった。それでも、ある程度仲良くしていたつもりだったし、卒業して10年も経つのに恨みを持たれる程とは思っていなかった。


「どうして、今になって? 私を苦しめて満足した?」

 菜月は、今にも泣きそうな顔で訴える。


 可哀想な自分に浸っていそうな菜月に、苛立ちを覚えた美月が答える。

「卒業式の日、菜月に何年経ってもいつか復讐しようって誓ったのよ。でも、復讐には裏付けが必要だった。愚痴用のSNSのアカウントは知っていても、パスワードがないと見ることが出来ない。だから、私のパソコンでクラウドのパスワードを入力させて、保存しておいたの。全て印刷して、バックアップも取ってある。全員のことを馬鹿にしてきた証拠は、ここにある」


 美月は冷静な顔でUSBを取り出す。優花は、達成感を滲ませた笑顔で復讐の続きを伝える。


「この中身、どこに送ったと思う? まずはあなたの彼氏。家も調べておいたから、もう届いているはずよ。それから、菜月の会社の先輩。先輩のSNSのアカウントに、コピーしたデータを編集して送っておいたから。噂好きって言っていたから、連休明けには会社中に広まっているかもね」


 突然の展開に、頭がついていかない菜月だったが涙だけは止めどなく頬を伝う。

「こんなことして、すむと思っているの? ……こんなこと、名誉棄損だわ」


 菜月の精一杯の反論であろうが、6人は鼻で笑う。

「私達、何かしたっけ?」

 優花は、あっけらかんとした表情で首をかしげる。


「パスワードを盗むのは、流石に犯罪だし、プライバシー情報を流したから、良くはないよね」

 冷静に美月が答える。


「でもさ、私達は訴えられても構わないよ? 10年も前に誓ったことを果たしただけ。菜月が居場所がなくなる感覚と、他人から向けられる目が変わる辛さを知ってもらえれば、私達は十分。好きにしたらいいよ」


 優花は本気で、好きにしたらいいと言っていることが、菜月も理解できた。

「それから、私達以外にも自分がしてきたことが明らかになることが喜ばしいなら、訴えてもいいんじゃない?」

 相変わらず不敵な笑みで、そう和が付け加える。


 菜月は泣き崩れてしまい、反論はできなさそうなことを全員が確認する。優花は全員が達成感を感じていることを確認して、美月の部屋を後にする。


 美月は、泣き崩れている菜月に宿泊道具を押しつけて家から押し出す。

「もう、来ないでよね。私は友達じゃなくて、これからは他人だから。結局1回も、食事代払おうとしなかったね……」


 言い放つと扉を閉めて、鍵をかける。菜月の耳には、鍵の閉まる音だけが大きく残っていた。1時間程は動けずにいたものの、とぼとぼと帰路につく菜月を美月は音だけで確認した。


 美月は、グループチャットで帰ったよと全員に連絡して、布団に入る。3時を回っていた。胸のつっかえが取れたような、すっきりとした気分だった。


 菜月とは、その後、誰も連絡を取らなかった。結局、訴えられることもなく、全員菜月がどうしているかは分からないままになった。


 ただ、目的は達成していた。菜月が務める会社に陰湿さの露呈、彼氏への通告……必ず周囲の扱いは、変化する。それが目的だった為、6人は満足していた。


 美月は今回のお礼にと、全員へ昼食をごちそうする。計画を立てたのは、1番頭のいい美月だった。

「みんな、今回はありがとうね。10年も経っているのに、付き合ってくれて」

 全員が首を振る。それぞれに復讐する理由があり、好んで参加した証拠だった。


 本人が多少過去を反省していようとも、された方は忘れない。加害者は記憶を薄めていく間も、被害者は復讐の機会を伺っているかもしれない。

 復讐は何も生まないとよく耳にするものだが、美月は過去の記憶が少し輝き始めていることを感じていた。全員の顔に過去を清算した跡があった。

 

 復讐した全員に、得られたものがあった。されたほうは、いざ知らず。

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忘却ストーカー 豆腐 @tofu_nato

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