洒落たカフェのコーヒーは巨大資本の味がする

のーつ

第1話 若者の流行りなんて俺は知らない

近年若者文化やタピオカなど、次から次へと新しい文化がメディアやSNSを通じて発信されている。

しかしこの俺、国村誠二にはそんなものは関係ない。

若者の流行りなんて俺は知らない。

SNS?もちろんやっているとも。毎日バイトの鬱憤を晴らすべく、顔の見えない仲間たちとともに夜遅くまで語り続ける。

TL(タイムライン)にタピオカが流れてくるも、何がいいのかさっぱりわからない。

彼らのリアルも俺と同じように俗にいう「陰キャ」だ。

クラスで数少ないゲームオタクの友人と昼の時間を過ごす者もいれば、職場で同僚の女性とは作業場の会話以外交わさない者もいる。

それは俺も同じで、昼休みにはアニメ好きの湯川と鈴木とアニメの話やゲームの話でひそかに盛り上がっている。


「昨日の妹戦士シスタリオンの回はよかったよな~」


妹戦士シスタリオンとは、今期アニメの中で俺らがもっとも注目しているアニメで、主人公のシスコン兄貴が命を懸けて妹を守るというアニメだ。


「最後の必殺技すごかったよな~」


「ファイナル・シスタリオン・クラッシュかっこよかったな~」


忘れてはいけないのは、これは男子高校生の会話だであるということだ。

もちろん俺らはこんな話をするとクラスで浮くので、せめて冷たい視線を受けないように屋上の入り口で飯を食べる。便所飯じゃないだけましだ。


午後の授業が始まるので各自教室に戻ると、俺の机には運動部のやつらが溜まって話していた。

俺の机の隣は運動部の中でも人気のある梶田裕也の席なので、昼になると同じサッカー部のやつらが集まってくる。

キラキラした部活のやつらには悲しいことにかわいい女子が集まるもので、ちょっとした合コン会場のようだ。

陽キャの騒がしさというバリアが張ってあるので、陰キャの俺は近づくことができない。だからいつもそいつらが去るまでロッカーに行って長めに授業の支度をする。


そんなある日、どいうわけかオタク仲間の湯川祐太郎がこんなことを言う。

湯川は、俺らオタク仲間の中でも草食系男子全般と通じているいわゆる情報や敵ポジションなのだ。陽キャとは関わりはないものの、陽キャ軍団と関わりのあるコバンザメ的草食系男子たちと接触してはいろいろと情報をもらってくる。


「これは風の噂で流れてきたんだが、隣の駅の駅前にできた新しいカフェにどうやら学校一美人の夢原さんがバイトをしているらしい。なあ、ちょっと覗きにいかないか?」


なんだそれは、俺は隣の駅でわざわざ降りて寄り道なんかして帰ったりしないからそんなものがあるなんて知らないし、そんなカフェなんてものに俺なんかが言ってもよいのだろうか。そのうえ学校一の美人である夢原さんなんて、俺が近づいていい存在ではないだろう。


「な、なあ、やめないか?それ。やってること不審者みたいじゃないか?」


「なにいってんだよ、この情報は学校内の数パーセントの人間しか知らない超シークレットな情報なんだぞ。せっかくゲットできたんだから行かなきゃ損だろ。」


「なあ、鈴木も行くよな?」


「そうだな、いつも人で囲まれてて直視したことなんて数少ないからな、死ぬまでに一度拝んでおかなくちゃな。」


「おい~鈴木もかよ~」


「当り前よ!さあ国村、観念するんだな。」


結局その日の放課後は三人でカフェに行くことになった。

確かに同じクラスではあったものの、一度も話したこともなければ近くに行って話に入ろうとしたことなんて有るわけがない。それでもかわいいかかわいくないか聞かれれば、かわいいと即答する以外に回答が思い浮かばない。


授業が終わると、夢原さんと時間をずらすようにして俺らは学校を後にした。


「おい、国村、夢原さんのバイト姿見て鼻血出すんじゃねえぞ~w」

「ば、馬鹿言うなよ。それはお前らの方じゃねえかよ。」

「いやいや、俺と湯川に比べたらお前はまだまだ女慣れしてないだろ。」

「女慣れって、アニメはカウントするなよ。」

「なにっ、アニメのヒロインを馬鹿にするのか?」


始まってしまった。鈴木こと鈴木林太郎は、俺ら三人の中でも特にアニメオタクに特化していて、アニメ視聴時間もゲームプレイ時間もジャンル数もグッズ所持数もずば抜けている。


「あのな、夢原さんはアニメの中のヒロインとは違うんだよ。生身の人間なの。理想のヒロインみたいな言動はしないんだよ。」

「くっ、そんなマジレスしなくてもいいじゃないか~」

「とにかくまずは練習からだな。」

「練習?」

「そうだ、今から行くようなおしゃれなカフェには独特のオーラがあってな、レジでコミュ障発動すると店に入るに値してないような感覚に襲われるんだ。しかも、メニュー名も洒落てて、サイズもS・M・Lとかじゃないんだ。」

「まじかよ、それ俺らが行って平気なの?」

「大丈夫にするために今から練習するんだろうが。」

「サイズはショート・トール・グレートの三つだ、メニューは見たことないから何とも言えんが、横文字ばかりみたいだから噛まずに注文しないといけない。噛んだ瞬間店員に陰キャがばれるからな。」


「あ、い、う、え、お....」


歩きながら発声練習をしてるなんて、合唱部ぐらいじゃないか?カフェっていうのはそんなにやばいところなのだろうか。


そうこうしてるうちに、駅に着いた。

ホームには時間をずらしたはずの夢原さんが電車を待っていた。

「おい、あれ見ろよ。」

湯川が指さす方にはやはり夢原さんだ。

二人とも彼女にくぎ付けだ。


彼女は俺らに気が付いたのか。一瞬頬が上がったような気がした。


しかし俺らはばれないように違う車両に乗り込む。


目的の駅に着くと、俺らは物陰に隠れるようにして夢原さんの後を追い、店の前までたどり着いた。

「おい湯川、なんで俺らは隠れて尾行まがいの行為に至ってるんだ?」


「なんか勢いで、ついな。しかし、目の前にすると迫力が違うな。想像してたオーラとは格が違うな。」


ゴクリと唾をのむと、店に入った。


すると、着替え終わった夢原さんがレジで注文を取った。


「ご注文はどうなされますか?」


「じゃ、じゃあ俺はエスプレッソのトールで。」


「じゃあ俺はカフェモカのトールで。」


「国村はどうするんだ?」


「ん~このはちみつのやつで。」


「はい、ハニーホイップラテですね。サイズはどうされますか?」


「あーんーとー....トールで。」


完全にやらかしたようだ。横から二人の厳しい視線が刺さる。


「では、隣のカウンターにてお会計と商品受け取りになります。」


そういうと夢原さんは次の客を通す。


会計を済まし商品を受け取ると、空いてる席に座った。


「なんとかミッションクリアだな。ただし、国村、何だあれは、夢原さんにやばい客が来たと思われたんじゃないか?」


「まあまあ、とにかくやることやった。これは俺らにとっては大きな進歩じゃないか。」


思っていたよりもカフェってハードルの低いものだったんじゃないかと思ったが、よくよく見ると、まわりの客はおしゃれな大学生やかわいい女子高生ばかりに思えた。


各自飲み終えると、気配を消すように店から出た。


結局その日はその後どこへ行くこともなく帰宅した。


家に帰ると、カバンを放り投げて録画したアニメを見る。できればリアルタイムで見たいのだが体力的にそんな余裕はない。


録画の準備とお菓子とジュースの準備を同時に行いのが俺の日課だ。

ついでに財布の中身を整理しようとしてレシートの山を取り出すと、今日もらったカフェのレシートに何か書いてある。


「明日、放課後カフェ来てね!」


ん?サービスでこんなこと書く店だったのか。サービス精神高いな、感心するな。


なんて思いながらレシートをすべて処分した。



これが物語を大きく変えることだったとは国村誠二は知る由もなかった。

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