夏用の暇つぶしに怖い話考えるSS

中谷Φ(なかたにファイ)

脆い岩


 ウチの近くの公園に、大きな岩のオブジェがある。

 大人の腰より少し高いくらいの岩で、公園ができた約30年前から変わらず鎮座ましましている。


 動物を模したりしているわけでもなくホントにただの四角い岩なのだが、子供たちにとっては挑戦しがいのある高さなのかよく上に登られていたりする。


 なんだかんだ長年愛されているオブジェなのだ。



 かくいう私も毎日の散歩にはこの岩の前で休憩をとるのが習慣になっていて、昔を思い出しながら岩をなでたり、もたれかかったりしている。






 ある日のこと、いつものように岩に立ち寄ってみれば、昨日にくらべて一部が欠けてしまっているように見えた。

 そう簡単に欠けるような岩ではないはずだが、固い何かを打ちつけたのだろう、岩の側面に小さなクレーターのような凹みが刻まれ、その下には同じ色の小さなかけらが散らばっている。



 ――ひどいことをするやつもいたもんだ

 きっとガラの悪い若者がパイプかなにかで殴りつけたに違いない。町のみんなに愛されるオブジェをキズモノにするなんてどうかしている。






 翌日、私はすこし不安げにあの岩へと足をはこんだ。


 岩は相変わらずそこにあったが、昨日のキズが少し深くなっているように感じる。


 キズに触れてみると、それは乾いた泥団子であるかのようにボロボロと崩れた。

 雨風にもビクともしない岩のなかみは想像よりも脆くなっていたらしい。

 あまりつついては壊れてしまうかもしれない。不安な気持ちが私を沈ませたがその日はただ引き下がるしかなかった。






 数日後の夜明け前、私は用意を整えて岩の前まで来ていた。


 昨日の時点ではもうキズはかなり深くなっていた。

 やむを得ないことだが、おおかた、ここで遊ぶ子供たちが興味本位でいじくっているのだろう。


 確認のため、例のキズへ懐中電灯の光を向けると、キズはもう一筋の黒い亀裂となっていた。幸い、明かりもなしにのぞき込むくらいではその先に何があるかまではわかりそうにない。

 私はその亀裂を指で掘り返して丸い穴へと変え、ライトの明かりを向けた。


 暗闇の奥、光に照らされたのは赤みがかった乳白色の円。その中には濁った灰色の小さな円が浮かんでいる。



 とっくに生気のなくなっているソレから視線のようなものを感じて一瞬背筋がゾワリとするがおそらく気のせいだろう。




 これを見つけられる前で本当に良かった。私は胸をなでおろすと、持ってきた道具で穴をふさいでいく。


 こんな苦労をするならこのオブジェを寄贈なんてするんじゃなかった。自分の家の庭にでも埋めてしまう方が得策だったかもしれない。



 穴をふさぎ、表面を丁寧に補装したあと、私は30年ぶりの彼女に問いかける。


「公園のオブジェになって皆に愛されるのはどんな気持ちなんだろう、君のことだからきっと幸せなんだろうね。」







 そのさらに翌日から、あの岩には人が寄り付かなくなったという。どういうわけだか、触れていた岩が動いたように感じたり、近くで人のうめき声を聞いたりする人がいたようなのだ。


 あんなにいい子だった君を怖がるなんてひどい話だが、みんなが君から離れて行っても、私は毎日、君に会いに行くよ。毎日ね。

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