【ユーイル・エネンは迷わない】

 純白の機械人形アンドロイド、ユーバ・アインスが倒れた。

 どうやら内部で問題が発生したのか、それともただの充電切れか、気絶する寸前に休眠状態に入ると自己申告していたので、放置していれば勝手に直ることだろう。

 やたらと機械人形の奴に肩入れしている魔法使いのユウ・フィーネが、倒れたユーバ・アインスを起こそうとガクガク揺さぶっていたが、それでも起きないので半泣きの様子で荷台の隅に膝を抱えている。彼が気負うことはないのだが、優しい彼のことだから気になってしまうのだろう。

 全体的に、今回の出来事を達観した目線で見ているユーイル・エネンは、荷台に積まれていた木箱に背中を預けて胡座を掻いていた。手持ち無沙汰にワイングラスを揺らしていたりなんかしていると、馬車の速度が次第に遅くなり始めた。


「どうした、ユフィーリア・エイクトベル。このままでは王国の追っ手がきてしまうぞ」

「いや、進路になんか知らねえのが居座ってんだよな」


 御者台にいるユフィーリアがそんなことを言うので、ユーイルは荷台を覆い隠す幌からひょっこりと顔を出す。

 道を塞ぐのは誰だと思ったら、どこかで見たような顔をした子供がいた。馬車の行く手を阻むように仁王立ちをする子供は、真っ直ぐにユフィーリアを睨みつけている。馬車で轢かれる恐怖と戦っているのか、子供の目には涙が浮かんでいた。


「おーい、ガキンチョ。そんなところにいたら危ねえぞ」

「…………ど、退かない」


 子供はあろうことか、反抗してきた。――よりにもよって、一番やばい相手を前にだ。

 正直、ユフィーリアが子供相手に大人げない部分を見せるとは思いたくなかったが、彼女は意外と容赦がない。目的の為には手段を選ばない一面があるので、意味もなく進路を塞ぎ続けるとそのままボコボコにしかねない。

 現にユフィーリアは、眉根を寄せて首を傾げている。もしかしたら、そのまま首をスパンと切断してしまいそうな勢いだ。ひょっこりと顔を出したユノと「殺してしまおうか?」「まあ、邪魔だしなァ」と協議しているので、さすがに看過できなくなったユーイルは荷台から飛び降りた。


「おい、クソガキ。そんなところで道を塞いでると危ねえぞ」

「ぁ、き、吸血鬼の、お兄ちゃん……」


 子供が見るからに怯える。吸血鬼と言えば、おとぎ話では敵役としてしばしば描かれるので、怖がられることはユーイルとて当たり前だと理解している。

 しかし、子供はそれでもユーイルから視線を逸らさなかった。色素の薄い茶色の瞳でユーイルを見上げた子供は、首を横に振って拒否の姿勢を示した。


「に、荷物を寄越せ!!」

「あ?」

「積荷を寄越さないと、こ、殺すぞ!!」


 涙を浮かべた子供は、積荷を寄越せと脅してきた。

 ユーイルのこめかみに痛みが走る。痛みを訴えるこめかみを親指の腹でぐりぐりと揉んでやり、それから子供の肩にポンと手を置いた。


「おい、クソガキ。よりにもよってなんでオレらを狙った?」

「え、あの」

「いいか? オマエはあのアウシュビッツ城に囚われてた捕虜だろ。だったらあのアバズレにも見覚えがあるだろうが」

「お? 誰がアバズレだクソガキ。そこのガキンチョ殺すより先にお前の首を刎ねてやろうか?」


 御者台を降りてユーイルの喧嘩を買おうとしていたユフィーリアは、にっこりとした爽やかな笑みを浮かべて腰の大太刀を強調する。その前に彼女から鮮血でも抜いてやろうかと思ったのだが、ユーイルは他に誰かの足音を聞いた。

 顔を上げれば、やはり見慣れた連中がぞろぞろとやってくる。誰も彼も凶悪な目つきをしていて、ユーイルと会話を成立させた無精髭ぶしょうひげの男は錆びたナイフを装備している。

 淀んだ目つきで脅しに失敗した子供を睨みつけた無精髭の男は、聞こえよがしに舌打ちをする。子供があからさまに怯えたので、ユーイルはこの男が子供に強奪を命じたのだと察知する。


「強盗もできねえのかよ、使えねえ」

「……オマエが言ったのか。父親とかじゃねえのかよ」

「父親? 冗談だろ。そんなクソガキなんか、誰が育てるかよ」


 無精髭の男は嘲笑う。

 怯えた子供はどうしたらいいのか棒立ちしているので、ユーイルは子供の頭を撫でてやりながら、


「おい」

「な、なに」

「アイツら全員殺す。文句は言うなよ」


 ユーイルはそう言って、ワイングラスを逆さにした。

 空っぽだったはずのワイングラスからザバァと赤黒い液体が落ちてきて、ユーイルの足元に海を作る。「ひえッ」と怯えた様子を見せる子供を、ユーイルはユフィーリアへと押しつけた。

 大人たちがざわめく。彼らは目の前で見ているはずだ――ユーイルが、あの球体関節を持つ男の人形を殺す瞬間を。


「子供だけは見逃してやる。だけど大人は全員殺してやる」


 ガスマスクの下で凶悪な笑みを浮かべたユーイルは、赤黒い液体を蹴飛ばして叫んだ。


「『ヴラド公の串刺し処刑』」


 次の瞬間。

 赤黒い液体がざわざわと蠢いて、大人たちの足元に這い寄る。慌てて逃げようとしても、すでに遅い。赤黒い液体からいくつもの棘が伸びて、容赦なく大人たちを串刺しにしていく。

 その中で凄惨な処刑から逃れられたのは、子供たちだけだった。全員して呆気にとられ、そして次は自分たちの番ではないかと怯えて涙を流す。


「ぎゃあ」

「痛い、痛い」

「助けてくれ、やめてくれ」


 断末魔が幾重にもなって、ユーイルの鼓膜を揺らす。

 ユーイルは棘の数を徐々に増やしていき、大人たちをハリネズミよろしく棘だらけにしていった。緩慢にワイングラスを振るう様は、鮮血を餌とする夜の貴族のようだ。白衣の裾を翻しているのも、なんだか幻想的に思えてくる。


「――あ、がぁ」


 無精髭の男が、口から血を吐き出しながら睨みつけてくる。

 ユーイルはわざわざ膝を折って、顔を俯けさせた無精髭の男の蒼白となった顔面を覗き込んだ。ガスマスクの向こうにある鮮烈な赤い瞳を見て、無精髭の男は絶望に満ちた表情を見せる。


「マナ患者以外は殺さねー主義だが、オマエはどうしようもねーぐらいに救いがない。だから殺してやる。他人から奪うだけのオマエらに、奪われる気持ちってのを教えてやる」


 ユーイルはワイングラスをゆっくりと揺らした。

 すると、さながら音叉を叩いたかのような不思議な音色が響き、ふわりと血煙が浮かび上がる。尾を引いて血煙が虚空を漂い、そしてワイングラスの中へと吸い込まれていく。

 血を抜かれていく人間たちは、一瞬で干からびてしまった。カラカラになった人間たちは穴ぼこだらけの死体を晒して、そのまま絶命することとなった。断末魔すら許されなかった。

 生き残ったのは宣言通り子供たちだけで、誰も彼もが怯えた目つきをしている。大人たちの鮮血によって満たされたワイングラスを揺らし、ユーイルはユフィーリアへと押しつけた子供を馬車から下ろして冷徹に言った。


「これから王国の奴らがくる。オレの所業を言いつけて保護でもしてもらえ」

「あ、あの、あの!」


 馬車が発進する直前のこと、子供はユーイルの白衣の裾を掴んで叫んでいた。

 この場では、絶対にあり得ないだろう言葉を。


「ありがとうございました!」


 一瞬だけ驚いたユーイルは、お礼の言葉に応じることなく馬車の荷台に乗り込んだ。

 木箱に背を預ける吸血鬼に、この世界のお姫様が言う。


「連れて行ってあげればいいのに」

「こんなバケモンに付き合わせてどうするんだ。人間は人間の中で生活しとけばいいんだ」


 ユーイルは御者台にいるユフィーリアに「さっさと出せ」と言う。

 ユフィーリアは肩を竦めると、生き残った子供たちに「じゃあな、元気でやれよ」なんて言って、馬車を発進させた。ちなみに死体は容赦なく轢き潰した。


 ☆


「くそ、馬車に乗っているから速い!!」

「隊長、あんなところに多数の子供が!!」


 王国から派遣された追っ手は、道端で呆然と立ち尽くしている子供たちの集団を発見する。

 そういえば最近、王国や近郊の村で盗賊による人攫いが勃発していて、よく見れば捜索願を出されている子供たちと特徴が一致する子が何人かいる。


「君たち、この辺りで馬車を見かけなかったかい?」


 子供たちの集団に呼びかけると、子供たちの中の一人が遠くを指差して言った。


「魔法であっちに行ったよ。もう随分と遠くに行ったかも」

「――くそ、ならばワイバーン部隊を呼べ!! 馬よりも早く追いつくだろう!!」


 馬の足では遠くに行った彼らに追いつくことなどできない。

 それなら空を飛ぶワイバーンを駆る竜騎士を動員した方が、まだ追いつけるかもしれない。

 子供たちによるほんの少しの嘘を信じた王国の追っ手は、王国が有する最速の追っ手を動員してお姫様を攫った反逆者の連中を追いかけることにする。

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